ベーシス取引とは。債券先物と現物との間の裁定取引で利ざやを稼ぐ仕組みを見てみよう。
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今回は、債券先物と現物との間で行う裁定取引である「ベーシス取引」について見ていきましょう。今でも、数多くの金融機関やヘッジファンドがこの取引でお金を稼いでいます。
ここでは、これまでに学んだ債券の知識を総動員する必要があります。この仕組みをきちんと理解できれば、あなたはすでに債券取引中級者です。
- 債券先物とは
- 債券先物は現物で最終決済される
- 債券先物は「標準物」を取引対象としている
- コンバージョンファクター
- ベーシスとCTD(最割安銘柄)
- 債券先物は売り手が渡す銘柄を選ぶ
- ネットベーシス
- グロスベーシスの具体例
- ネットベーシスの具体例
- インプライド・レポレート
- ベーシス取引とオプショナリティ
- GC(General Collateral)とSC(Special Collateral)
- まとめ
債券先物とは
主に国債を原資産とする先物を総称して債券先物と言います。日本取引所では、
●中期国債先物(残存期間5年弱の5年国債を原資産とする先物)
●長期国債先物(残存期間7-10年程度の10年国債を原資産とする先物)
●超長期国債先物(残存期間20年弱の20年国債を原資産とする先物)
という3種類の債券先物が上場されています。アメリカでは米債、欧州市場では欧州各国の国債を対象とした債券先物が上場されています。
国債先物を取引する目的は、株の先物である日経先物やTOPIX先物を取引する場合とあまり違いはありません。
●現物に対するヘッジ
例えば、国債の現物からなるポートフォリオを持っている者からすれば、現物価格が下落するリスクに備えるためのヘッジとして、債券先物をショートしたいと思うでしょう。
●投機対象
将来の金利動向に対する見立てがあれば、それに基づいてポジション取りをします。『債券価格と利回り』で述べたように、将来金利が下がると思えば債券を買えば良いですし、金利が上がると思えば債券を売ります。
ところが債券の場合、現物を購入するのは面倒なことが多いです。一方で先物の場合、一定の証拠金を差し出せばロングもショートも容易にできます。特に債券の場合、現物を空売りしようと思っても、ほとんどの人はそのような取引をできる環境にありませんので、債券先物を利用することになります。
●裁定取引
世の中には常に、ありとあらゆる価格の乖離から収益機会をうかがっている人たちが存在します。株の場合、現物と日経先物やTOPIX先物との間で裁定がはたらくように、債券の現物と先物の間にも裁定関係が存在します。そこを狙って多くの金融機関やヘッジファンドがトレードを行っているわけですが、債券の場合、株よりもはるかに複雑です。今回はその説明をしたいと思います。
以上のような目的をもった市場参加者が債券先物を取引しているわけです。
債券先物は現物で最終決済される
債券先物の重要な仕組みのひとつに、先物を満期まで保持した場合、そのポジションは現物の受け渡しによって決済が行われるというルールがあります*1。
例えば、上図のように先物のショートポジションを取って満期を迎えた場合、満期時に現物を売ることを意味します。つまり、現物を差し出して、先物の売値に応じた現金を受け取ります。
先物のショートポジションを取ったまま満期を迎える場合、それまでに必ず現物国債を手元に調達しておかなければなりません。
また反対に先物をロングして満期を迎えた人は、満期時に先物の買値に応じた現金を支払って現物を受け取ることになります。
債券先物は「標準物」を取引対象としている
さて、最終決済時の現物受け渡しについて、ここでひとつ問題が生じます。というのも、例えば長期国債先物の場合、残存期間が7-10年の10年債を原資産としているのですが、残存期間が7-10年の10年債なんて何種類も存在します。そのどれを受け渡せばいいのか?という問題です。
結論から言うと、残存期間が7年以上の10年債であればなんでも構いません。
残存期間8年で年間クーポンが0.25%の10年債であろうが、残存期間が9年4か月で年間クーポンが10.0%の10年債であろうがなんでもOKです。
これを、先物に対する「受渡適格銘柄」と言います。例えば、2019年6月限の長期国債先物の受渡適格銘柄は以下の種類の現物銘柄であって、この中のどれを受け渡しても構いません。
そうなると、ここでもうひとつ疑問がわいてきます。決済時にやり取りする現物債券がなんでもよいのであれば、いったいどうやって債券先物の値段を決めれば良いんだよ?と。
そこで取引所は、先物の内容を「標準化」しています。どういうことかと言うと、例えば長期国債先物だと、「満期時に、年間クーポン6.0%で残存期間がちょうど10年の10年債を受け渡しすると思って取引せよ」というルールがあるのです。
現在、日本の国債で6.0%ものクーポンを払うものは存在しません。つまり、債券先物は架空の現物国債の受け渡しを想定して取引されているのです。この架空の現物国債を「標準物」といいます。長期国債先物の場合、「年間クーポン6.0%で残存期間がちょうど10年の10年債」が標準物です。先物市場参加者は、常にこの架空の債券が原資産であるという仮定のもとで先物に値段をつけて売買しているわけです。
コンバージョンファクター
ところが、「年間クーポンが6.0%で残存期間が10年の国債」と「年間クーポンが0.1%で残存期間が7年の国債」の価値が同じなわけがありません。前者をもらえる想定で取引所で先物を150円で買ったのに、ふたを開けてみれば年間クーポンが0.1%だったらそれは詐欺です(笑)。
そこで取引所は、各先物の各受渡適格銘柄に対して「コンバージョンファクター(Conversion Factor)」を設定しています。略して「CF」と書いたりします。コンバージョンファクターというのは、標準物の価値を1としたとき、それぞれの受渡銘柄の国債の価値がどれほどであるべきかを表現した値です。
例えば、「年間クーポンが0.1%で残存期間が7年の国債」のコンバージョンファクターが0.65であるとします。
それは、「年間クーポンが6.0%で残存期間が10年の架空の国債の受け渡しを想定して150円支払ったところ、実際には年間クーポンが0.1%で残存期間が7年の国債がやって来てしまった。その場合、その国債の妥当な価格は97.5円だ。したがって、買い手は実際には97.5円だけ支払えば良い」ということを意味します。
97.5円というのは、150円にコンバージョンファクターの0.65をかけた価格です。
当然、受渡銘柄のクーポンが高ければ高いほどコンバージョンファクターは大きくなります。極端な話、クーポンが10.0%であれば、コンバージョンファクターは1よりもずっと大きくなります。
このコンバージョンファクターは以下のような式で求めることができます。6とか12とかの数字が出てくるのは、日本国債が6ヶ月ごとにクーポンを支払うことに由来します。
きちんと考えれば導出できるのですが、ここでは定性的なポイントだけまとめておきます。
まず、さきほど述べたように、 受渡銘柄のクーポン(a)が高ければ高いほどコンバージョンファクターは大きくなります。その他の条件がまったく同じであれば、利息の高い債券の方が価値が高いのは当たり前ですね。
次に受渡銘柄の残存期間についてですが、受渡銘柄のクーポン(a)が標準物のクーポン(x)より小さい場合、例えばゼロ金利環境下にある現在のような場合だと、残存期間が大きければ大きいほどコンバージョンファクターは小さくなるという性質があります。
これは、デュレーションを思い出せば理解できます。デュレーションとは、資金の平均回収時間のことであり、同時に債券価格の金利感応度のことでした。
つまり、その他の条件が同じであれば、残存期間の長い国債の方が残存期間の短い国債よりも金利の変動に対して価格が大きく上下するわけです。下の図において、シーソーの腕の長さがデュレーションに対応していると考えてください。
今、クーポン0.1%で残存期間7年の国債と同じくクーポン0.1%で残存期間10年の国債があったとします。
そして、「標準」の環境である6.0%に金利が上昇したとしましょう。まあ、現在からすれば、6.0%の金利というのはもはや「標準」ではなくて「異常」なわけですが(笑)。
『債券価格と利回り』 で説明したように、債券価格は金利が上昇すると下落するわけですが、残存期間が10年の国債の方が、残存期間が7年の国債よりも大きく価格を下げることになります。
したがって、標準物を基準にして考えると、クーポンの低い国債は残存期間が長いものほど価値がないわけです。つまりコンバージョンファクターは小さくなります。
反対に、クーポンが標準物よりも大きな国債の場合、残存期間の長いものほどコンバージョンファクターは大きくなります。
実際に見てみましょう。日本取引所は、国債先物の受渡適格銘柄とそのコンバージョンファクター一覧を公開しています。
上から発行日の古い順に並んでいます。つまり、残存期間の短い順です。すべての10年債のクーポンが0.1%で発行されているのが分かります。標準物のクーポンである6.0%より低いですから、コンバージョンファクターは残存期間の短い国債ほど大きな値となるわけですが、その通りになっているのが確認できます。
実際に、2019年9月限先物に対して、2028年3月20日に償還される現物国債(上から8番目の銘柄)のコンバージョンファクターを計算してみましょう。
上の算出式において、(a)受渡銘柄のクーポンが0.1%というのはすぐに分かります。
次に(b)受渡銘柄の受渡決済以降の利払回数(ただし、受渡決済日当日を除く)ですが、国債先物の現物受け渡し日は、当該限月の20日となっています。これは、日本国債の利払日と一致しています。そして日本国債は6ヶ月おきにクーポンを支払うことになっています。
したがって、2019年9月20日に現物を受け渡し、2028年3月20日に最後の利息を支払って償還を迎えるまでに、この国債は17回の利息を支払うことになります(2019年9月20日の分は除きます)。
つぎに(c)受渡銘柄の受渡決済日における残存期間(月数)は、2019年9月20日から2028年3月20日までですから、102ヶ月です。
(d)受渡銘柄の受渡決済日から次の利払日までの期間(月数)は、次回利払日は半年後の2020年3月20日ですから6となります。
(x)は長期国債先物の場合は6.0%となります。
以上の値を算出式に代入すればコンバージョンファクターが0.611599と求まります。
ベーシスとCTD(最割安銘柄)
さて、このようにどの銘柄にも適切なコンバージョンファクターが設定されているので、先物の売り手にとっては満期にどの銘柄を渡しても違いはありませんし、買い手にとっては満期にどの銘柄を渡されても同じことです。実際にやり取りされる金額がコンバージョンファクターによって調整されるからです。
と言いたいところですが、実はそうは問屋がおろしません。というのも、実際の現物国債はそれぞれの需給によって市場で価格が決まるわけで、先物価格にコンバージョンファクターをかけた理論値から乖離して取引されるのが通常だからです。そして、それがゆえに裁定取引の機会が存在するわけです。
この、現物国債の取引価格と、先物価格にコンバージョンファクターをかけた理論値の差を「ベーシス(Basis)」と言います。
実は、マーケットではありとあらゆることを「ベーシス」と呼びます。株やコモディティの現物と先物の差もベーシスと呼びますし、異なる通貨間の変動金利と変動金利を交換するベーシス・スワップにつくヘッジコストもベーシスと呼びます。
ともあれ、今回の債券先物の話では、
(ベーシス)=(現物価格)- (先物価格)x(CF)
となります。
さてそうなると、コンバージョンファクターが設定されたとは言え、やはり受渡適格銘柄の中にも、市場からあまり価値がないと判断されている安い銘柄と、そうでない高い銘柄が存在するわけです。
価値が高いと判断されている銘柄は、ベーシスが高くなりますし、価値が低いと見なされている銘柄は反対にベーシスが低くなります。
先物の売り手からすれば、こうした価値の低い銘柄を満期に渡したいでしょうし、反対に先物の買い手からすれば、なるべくこのような銘柄は受け取りたくないところです。特に、受渡適格銘柄の中でもっとも価値の低い銘柄のことを英語で「チーペスト・トゥ・デリバー(Cheapest To Deliver)」、略して「CTD」と言います。日本語では「最割安銘柄」とでも言いましょうか。
債券先物は売り手が渡す銘柄を選ぶ
さて、ここで債券先物市場における非常に重要なルールを説明しておく必要があります。それは、満期において「先物の売り手が渡す現物銘柄を選べる」というものです。先物の買い手が欲しい銘柄を選べるわけではありません。
さきほど述べたように、売り手としては当然、受渡適格銘柄のうち最も価値の低いもの、つまりCTDを渡すことになります。そして先物の買い手は、満期にCTDが渡されることを覚悟しておかなければなりません。その前提のもとで先物の買い値をつける必要があるのです。
これが、債券先物市場においてCTDが重要な理由です。先物はCTDを念頭に価格が決められるのです。「最割高銘柄」を気にしても仕方ありません。
また、さきほど
(ベーシス)=(現物価格)- (先物価格)x(CF)
であることは説明しましたが、現物を買って先物を売ることを「ロングベーシス」(ベーシスの買い)、反対に現物を売って先物を買うことを「ショートベーシス」(ベーシスの売り)と言います。
ネットベーシス
それでは、どの銘柄が当該先物のCTDなのか、いかにして判断すれば良いでしょうか。それにはさきほどのベーシスを使えば良いのですが、実はそれだけでは不完全です。
(ベーシス)=(現物価格)- (先物価格)x(CF)
というのは既に見たとおりですが、正確にその銘柄が最安か否かを判断するには、その銘柄を調達するためにかかるコストとその銘柄が先物の満期までにもたらすクーポン収入を考慮にいれてやる必要があります。
具体的に見ていきましょう。
ある銘柄を購入するには、その銘柄を購入する資金を調達するところから考えなければなりません。詳細は『レポ取引』の解説に譲りますが、その資金を調達するのがレポ市場です。
つまり、レポ市場で現物銘柄の購入に必要な資金を調達し、購入した銘柄を担保に差し出すわけです。そして先物満期までの期間に応じて、レポレートを上乗せした資金を返却する必要があります(下図黄色ボックス)。一方、この期間に当銘柄を保有していることでクーポン収入が得られますから、これはコストから差し引いてあげる必要があります。
これらを考慮にいれたベーシスを、「ネットベーシス」と言います。つまり、
(ネットベーシス)=(ベーシス)+(レポによる調達コスト)-(クーポン収入)
となります。
このクーポン収入とレポコストは、債券を保有し、それを担保に現金を借りている期間中、日割りで毎日ついてまわるものです。これを「キャリー(Carry)」と言います。
(キャリー)=(クーポン収入)-(レポコスト)
です。日々得られるクーポン収入が、日々支払わなければならないレポコストを上回ればポジティブキャリー(Positive Carry)となって全体のコストは小さくなりますし、レポコストがクーポン収入を上回れば、ネガティブキャリー(Negative Carry)となって、全体のコストは大きくなることになります。
(ネットベーシス)=(ベーシス)-(キャリー)
と書いても良いでしょう。
キャリーを考慮にいれないベーシスのことを、ネットベーシスに対して特に「グロスベーシス」と言ったりもします。
CTDを判定するには、グロスベーシスだけでは不十分で、ネットベーシスを見る必要があります。
グロスベーシスの具体例
アメリカの債券先物が上場されているCME(Chicago Merchantile Exchange)グループの資料を例に、具体的にグロスベーシスとネットベーシスを計算してみましょう。
2016年9月限の長期米債先物の価格が「147-00+」だとします。この表記は取引の慣習なのですが、「147と0.5/32ドル」、つまり「147.015625ドル」を意味します。米債先物は1/64ドル単位で取引が行われ、最後の「+」は0.5/32を表します。
例えば「140-05」は「140と5/32ドル」、「145-27+」は「140と27.5/32ドル」を意味します。
そしてこの債券先物に対して、その受渡適格銘柄であるクーポン1.625%の10年債が「102-0375」で取引されているとします。これまた慣習ですが、これは「102と3.75/32ドル」を意味します。つまり「102.1171875ドル」のことです。
さらに、この先物のこの銘柄に対するコンバージョンファクターが「0.6928」だったとしましょう。
するとこの銘柄の2016年9月限先物に対するグロスベーシスは
(グロスベーシス)=102.1171875 - 147.015625 x 0.6928 = 0.2647625
となります。
ネットベーシスの具体例
さきほど述べたように、グロスベーシスだけでCTDか否かを判断することはできません。正確には、現物をレポで調達するコストと先物満期までのクーポン収入を考慮に入れたネットベーシスを計算する必要があります。
さきほどの10年債を、レポで資金調達して購入するところから考えましょう。具体的に、額面として千万ドル($10,000,000)分の債券を買うとします。
さきほどの「102.1171875ドル」という価格は、額面100ドルに対する価格なので、千万ドル分だと、「10,211,718.75ドル」になります。ところがこれだけでは購入できません。『クリーンプライスとダーティプライス』の説明をしたときに述べたように、 債券購入者は前回クーポン日から債券購入日までの経過利息(アクルーアル)を支払わなければなりません。
前回クーポン日が2016/2/15、次回クーポン日が2016/8/15、債券購入日が2016/7/8だとすると、債券購入者は、2016/2/15から2016/8/15までの半年分のクーポンのうち、2016/2/15から2016/7/8までの分を日割りで支払わなければならないので、
$10,000,000 x 1.625%/2 x (144/182) = $64,285.7
をクリーンプライス分の$10,211,718.75に加えた
$10,211,718.75 + $64,285.7 = $10,276,004.45
を債券購入資金としてレポ市場で調達しなければならないことになります。この金額を先物満期の2016/9/30までにレポレート0.475%で調達したとすると、この間の調達コストは
$10,276,004.45 x 0.475% x (84/360) = $11,389.24
となります。これまた慣習なのですが、アメリカでのレポ取引は1年360日だという前提でレートが提示されますので、日割り計算する際の分母は360になります。
一方で、債券購入日から先物の満期にその債権を先物市場に差し出すまでにクーポン収入が得られます。その額は、半年ごとに得られるクーポンを日割り計算して、
$10,000,000 x 1.625%/2 x (38/182) + $10,000,000 x 1.625%/2 x (46/184)
= $37,276.79
となります。したがってネットベーシスは、グロスベーシスにレポコストを足して、クーポン収入を差し引いたものですから、
(ネットベーシス)= 0.2647625 + 0.11389.24 - 0.37276.79 = 0.005887
となります。レポコストとクーポン収入を額面千万ドル相当から100ドル相当に変換して計算する必要があります。
通常、受渡適格銘柄の中で、このネットベーシスが一番小さなものをCTDと見なします。
インプライド・レポレート
ここで、債券トレーダーが使う有用な概念をひとつ解説しておきましょう。インプライド・レポレート(Implied Repo Rate)です。略して「IRR」と書きます。
それは、ベーシス市場がImply(示唆する)レポレートとでも言うべきもので、「債券を購入すると同時に先物をショート、そして先物満期にその債権を差し出す」という取引から得られるリターンを年率換算したものです。
さきほどの「ベーシス取引の流れ(ロングベーシス)」の図をもう一度見てみましょう。IRRは、下図の右側の緑色ボックスから得られるリターンを表しています。
式で書くと
となります。さきほどのネットベーシスの計算で見たように、ダーティプライスというのは、債券価格に経過利息を加えたもので、最初に債券購入者が支払わなければならない額です。これに対して、先物満期には
(先物価格)x(CF)+(クーポン収入)
だけの額が得られるわけです。日数というのは債券購入から先物満期までの日数です。したがって、IRRが緑色ボックスの取引から得られるリターンを年率換算したものだとというのが理解できるかと思います。
さて、なぜこれが債券トレーダーにとって有用な概念かというと、IRRがレポレートと比較しやすいからです。
つまり、インプライド・レポレート(右側の緑色ボックスから得られるリターン)が、レポレート(左側の黄色ボックスにかかるコストを年率換算したもの)よりも大きければ、このロングベーシス取引から利益を上げられることになります。
反対にIRRがレポレートより小さければ、上図とまったく反対の取引(ショートベーシス)から収益を上げられるかも知れません。つまり、レポ市場で現物を担保として受け入れてそれを空売りし、同時に先物を買います。期間中にレポ金利を受け取り、現物を空売りしていることからクーポンの支払いが発生します。そして先物満期になると、現物を受け取ってそれをレポ市場に返すわけです。
ここまで到達するのにずいぶん時間がかかりましたが、債券先物と現物(CTD)との間に裁定関係が存在する仕組みが理解できるかと思います。
IRRがレポレートから大きく乖離していれば、そこをついて裁定取引で利益をあげられるので、IRRとレポレートはほとんどの場合非常に近い値を取ります。
これが、IRRがそもそも”Implied” Repo Rateと呼ばれる理由です。
ベーシス取引とオプショナリティ
実は、上の議論は若干正確性に欠けます。というのも、本来IRRはレポレートよりもわずかに小さい値を取るべきだからです。それは、緑色のボックスが表すロングベーシス(つまり現物ロング先物ショートのポジション)には、黄色のボックスが表す単純な債権の貸借であるレポ取引からは得られない優位性が内在していることに由来します。
後で詳しく説明しますが、IRRとレポレートがまったく同じであれば、その優位性を無料で保有できることになるのでロングベーシスをすべきなのですが、市場が効率的であればそのような機会は存在しないはずで、したがってIRRはレポレートよりも小さくなるべきなのです。
その優位性とは、先物ショートから来るものです。債券先物市場の重要なルールに、「先物の売り手が渡す現物銘柄を選べる」というものがありました。
それゆえにベーシストレーダーは常にCTDを意識して取引するわけですが、実は、債券購入時にはCTDだったのに、先物満期までの間に価値が増えてCTDじゃなくなる可能性があるわけです。
これはロングベーシスの立場から見ればうれしい事です。保有している現物の価値が上がったわけですから、それよりも価値の低い新たにCTDとなった銘柄を調達して先物満期時に差し出し、価値の上がった銘柄を売って利益を上げることもできます。
言ってみれば、現物ロング先物ショートというポジションはオプションを保有しているのに似ているわけです。つまり、さきほど述べた優位性とは、先物ショートというポジションが内在しているオプショナリティのことです。
この、CTDがCTDでなくなる現象を「クロスオーバー(Crossover)」と言ったりしますが、実際の金利と標準物の金利(6%)が大きく乖離している場合はほとんど無視できるため、実は現在のように金利が6%を大きく下回るような環境下ではあまり気にしなくてもかまいません。
GC(General Collateral)とSC(Special Collateral)
さて、『レポ取引』で述べたように、レポ取引には大まかに言うと2つの側面があります。「資金の貸し借り」という側面と「債券の貸し借り」という側面です。
再度説明しますと、レポ取引の主目的が「資金の貸し借り」である場合、それはGC取引と言われたりします。
GCというのはGeneral Collateralの略で、強引に英語に訳すと「通常担保」とでも言いましょうか。要は、国債あるいはそれと同等の信用力さえあれば担保として差し出す債券の詳細は問わない取引です。
レポに出す側からすれば、あくまでも資金の調達が目的ですし、レポを受ける側も、まあなんでもいいからそれなりのものを出してくれればお金貸すよというわけです。
一方で、「債券の貸し借り」という側面にスポットライトが当たると、それはSC取引となります。
SCというのはSpecial Collateralの略で、これまた強引に英語に訳すと「特別担保」とでも言いましょうか。要は、「特定のこの銘柄の債券を貸して欲しい」という場合に、現金を担保にしてその債券を調達するための手段がSC取引です。
特定の債券への需要が強まると、それを調達するためにはより多くの品貸料を払わなければなりません。その債券の保有者からすると、それを貸すときに高い代金をもらえるわけです。そうなるともう、その債券はGCレポ・レートでは調達できません。
(レポ・レート)=(現金につく金利)ー(債券につく品貸料)
ですから、この際のレポ・レート、つまりSCレポ・レートはGCレポ・レートよりも小さくなります。需要が強く、品貸料が金利を上回ればレポ・レートはマイナスになります。こうなると、GCのように、債券を担保にして現金を借りる際に金利を払うのではなく、現金を担保にして利息を支払ってまで債券を借りるような状況です。SCレポ・レートがマイナスになるのは珍しいことではありません。
なぜここでGCとSCの説明をしたかというと、CTDは裁定取引の対象となる貴重な銘柄ゆえ、SCになりがちだからです。当然、それを考慮にいれた上でベーシス取引をする必要があります。
ロングベーシスする側からすれば、CTDのSCレートがマイナスであれば、期中にSC金利を受け取ることになりますし、ショートベーシスする側からすれば、空売りした際に金利を支払うことになります。
まとめ
今回はかなり長くなりましたが、債券先物と現物との間の裁定取引であるベーシス取引について説明しました。
詳細まで理解するにはなかなか多くの前提知識が必要とされるため、初心者にとっては結構大変かも知れません。
ただ、取引自体は低リスクで価格の乖離をつくものなので、数多くの金融機関やヘッジファンドが行っています。一度に取れる利ザヤ自体はそれほど多くないので、レバレッジを大きく効かせて大量に行うことが望ましいです。
また、このベーシス取引においては、CTDをいかに効率的に調達できるかがカギとなります。小規模なファンドだと、そこに食い込むのが難しいため、ヘッジファンドの中でも資金と経験が豊富な大手が圧倒的に有利な戦略です。
*1:国内には、ミニ長期国債先物という、通常の長期国債先物の1/10のサイズから取引可能な先物があります。この最終決済はその親にあたる長期国債先物の翌日の始値で差金決済されます