ベーシス取引とは。債券先物と現物との間の裁定取引で利ざやを稼ぐ仕組みを見てみよう。
今回は、債券先物と現物との間で行う裁定取引である「ベーシス取引」について見ていきましょう。今でも、数多くの金融機関やヘッジファンドがこの取引でお金を稼いでいます。
ここでは、これまでに学んだ債券の知識を総動員する必要があります。この仕組みをきちんと理解できれば、あなたはすでに債券取引中級者です。
- 債券先物とは
- 債券先物は現物で最終決済される
- 債券先物は「標準物」を取引対象としている
- コンバージョンファクター
- ベーシスとCTD(最割安銘柄)
- 債券先物は売り手が渡す銘柄を選ぶ
- ネットベーシス
- グロスベーシスの具体例
- ネットベーシスの具体例
- インプライド・レポレート
- ベーシス取引とオプショナリティ
- GC(General Collateral)とSC(Special Collateral)
- まとめ
債券先物とは
主に国債を原資産とする先物を総称して債券先物と言います。日本取引所では、
●中期国債先物(残存期間5年弱の5年国債を原資産とする先物)
●長期国債先物(残存期間7-10年程度の10年国債を原資産とする先物)
●超長期国債先物(残存期間20年弱の20年国債を原資産とする先物)
という3種類の債券先物が上場されています。アメリカでは米債、欧州市場では欧州各国の国債を対象とした債券先物が上場されています。
国債先物を取引する目的は、株の先物である日経先物やTOPIX先物を取引する場合とあまり違いはありません。
●現物に対するヘッジ
例えば、国債の現物からなるポートフォリオを持っている者からすれば、現物価格が下落するリスクに備えるためのヘッジとして、債券先物をショートしたいと思うでしょう。
●投機対象
将来の金利動向に対する見立てがあれば、それに基づいてポジション取りをします。『債券価格と利回り』で述べたように、将来金利が下がると思えば債券を買えば良いですし、金利が上がると思えば債券を売ります。
ところが債券の場合、現物を購入するのは面倒なことが多いです。一方で先物の場合、一定の証拠金を差し出せばロングもショートも容易にできます。特に債券の場合、現物を空売りしようと思っても、ほとんどの人はそのような取引をできる環境にありませんので、債券先物を利用することになります。
●裁定取引
世の中には常に、ありとあらゆる価格の乖離から収益機会をうかがっている人たちが存在します。株の場合、現物と日経先物やTOPIX先物との間で裁定がはたらくように、債券の現物と先物の間にも裁定関係が存在します。そこを狙って多くの金融機関やヘッジファンドがトレードを行っているわけですが、債券の場合、株よりもはるかに複雑です。今回はその説明をしたいと思います。
以上のような目的をもった市場参加者が債券先物を取引しているわけです。
債券先物は現物で最終決済される
債券先物の重要な仕組みのひとつに、先物を満期まで保持した場合、そのポジションは現物の受け渡しによって決済が行われるというルールがあります*1。
例えば、上図のように先物のショートポジションを取って満期を迎えた場合、満期時に現物を売ることを意味します。つまり、現物を差し出して、先物の売値に応じた現金を受け取ります。
先物のショートポジションを取ったまま満期を迎える場合、それまでに必ず現物国債を手元に調達しておかなければなりません。
また反対に先物をロングして満期を迎えた人は、満期時に先物の買値に応じた現金を支払って現物を受け取ることになります。
債券先物は「標準物」を取引対象としている
さて、最終決済時の現物受け渡しについて、ここでひとつ問題が生じます。というのも、例えば長期国債先物の場合、残存期間が7-10年の10年債を原資産としているのですが、残存期間が7-10年の10年債なんて何種類も存在します。そのどれを受け渡せばいいのか?という問題です。
結論から言うと、残存期間が7年以上の10年債であればなんでも構いません。
残存期間8年で年間クーポンが0.25%の10年債であろうが、残存期間が9年4か月で年間クーポンが10.0%の10年債であろうがなんでもOKです。
これを、先物に対する「受渡適格銘柄」と言います。例えば、2019年6月限の長期国債先物の受渡適格銘柄は以下の種類の現物銘柄であって、この中のどれを受け渡しても構いません。
そうなると、ここでもうひとつ疑問がわいてきます。決済時にやり取りする現物債券がなんでもよいのであれば、いったいどうやって債券先物の値段を決めれば良いんだよ?と。
そこで取引所は、先物の内容を「標準化」しています。どういうことかと言うと、例えば長期国債先物だと、「満期時に、年間クーポン6.0%で残存期間がちょうど10年の10年債を受け渡しすると思って取引せよ」というルールがあるのです。
現在、日本の国債で6.0%ものクーポンを払うものは存在しません。つまり、債券先物は架空の現物国債の受け渡しを想定して取引されているのです。この架空の現物国債を「標準物」といいます。長期国債先物の場合、「年間クーポン6.0%で残存期間がちょうど10年の10年債」が標準物です。先物市場参加者は、常にこの架空の債券が原資産であるという仮定のもとで先物に値段をつけて売買しているわけです。
コンバージョンファクター
ところが、「年間クーポンが6.0%で残存期間が10年の国債」と「年間クーポンが0.1%で残存期間が7年の国債」の価値が同じなわけがありません。前者をもらえる想定で取引所で先物を150円で買ったのに、ふたを開けてみれば年間クーポンが0.1%だったらそれは詐欺です(笑)。
そこで取引所は、各先物の各受渡適格銘柄に対して「コンバージョンファクター(Conversion Factor)」を設定しています。略して「CF」と書いたりします。コンバージョンファクターというのは、標準物の価値を1としたとき、それぞれの受渡銘柄の国債の価値がどれほどであるべきかを表現した値です。
例えば、「年間クーポンが0.1%で残存期間が7年の国債」のコンバージョンファクターが0.65であるとします。
それは、「年間クーポンが6.0%で残存期間が10年の架空の国債の受け渡しを想定して150円支払ったところ、実際には年間クーポンが0.1%で残存期間が7年の国債がやって来てしまった。その場合、その国債の妥当な価格は97.5円だ。したがって、買い手は実際には97.5円だけ支払えば良い」ということを意味します。
97.5円というのは、150円にコンバージョンファクターの0.65をかけた価格です。
当然、受渡銘柄のクーポンが高ければ高いほどコンバージョンファクターは大きくなります。極端な話、クーポンが10.0%であれば、コンバージョンファクターは1よりもずっと大きくなります。
このコンバージョンファクターは以下のような式で求めることができます。6とか12とかの数字が出てくるのは、日本国債が6ヶ月ごとにクーポンを支払うことに由来します。
きちんと考えれば導出できるのですが、ここでは定性的なポイントだけまとめておきます。
まず、さきほど述べたように、 受渡銘柄のクーポン(a)が高ければ高いほどコンバージョンファクターは大きくなります。その他の条件がまったく同じであれば、利息の高い債券の方が価値が高いのは当たり前ですね。
次に受渡銘柄の残存期間についてですが、受渡銘柄のクーポン(a)が標準物のクーポン(x)より小さい場合、例えばゼロ金利環境下にある現在のような場合だと、残存期間が大きければ大きいほどコンバージョンファクターは小さくなるという性質があります。
これは、デュレーションを思い出せば理解できます。デュレーションとは、資金の平均回収時間のことであり、同時に債券価格の金利感応度のことでした。
つまり、その他の条件が同じであれば、残存期間の長い国債の方が残存期間の短い国債よりも金利の変動に対して価格が大きく上下するわけです。下の図において、シーソーの腕の長さがデュレーションに対応していると考えてください。
今、クーポン0.1%で残存期間7年の国債と同じくクーポン0.1%で残存期間10年の国債があったとします。
そして、「標準」の環境である6.0%に金利が上昇したとしましょう。まあ、現在からすれば、6.0%の金利というのはもはや「標準」ではなくて「異常」なわけですが(笑)。
『債券価格と利回り』 で説明したように、債券価格は金利が上昇すると下落するわけですが、残存期間が10年の国債の方が、残存期間が7年の国債よりも大きく価格を下げることになります。
したがって、標準物を基準にして考えると、クーポンの低い国債は残存期間が長いものほど価値がないわけです。つまりコンバージョンファクターは小さくなります。
反対に、クーポンが標準物よりも大きな国債の場合、残存期間の長いものほどコンバージョンファクターは大きくなります。
実際に見てみましょう。日本取引所は、国債先物の受渡適格銘柄とそのコンバージョンファクター一覧を公開しています。
上から発行日の古い順に並んでいます。つまり、残存期間の短い順です。すべての10年債のクーポンが0.1%で発行されているのが分かります。標準物のクーポンである6.0%より低いですから、コンバージョンファクターは残存期間の短い国債ほど大きな値となるわけですが、その通りになっているのが確認できます。
実際に、2019年9月限先物に対して、2028年3月20日に償還される現物国債(上から8番目の銘柄)のコンバージョンファクターを計算してみましょう。
上の算出式において、(a)受渡銘柄のクーポンが0.1%というのはすぐに分かります。
次に(b)受渡銘柄の受渡決済以降の利払回数(ただし、受渡決済日当日を除く)ですが、国債先物の現物受け渡し日は、当該限月の20日となっています。これは、日本国債の利払日と一致しています。そして日本国債は6ヶ月おきにクーポンを支払うことになっています。
したがって、2019年9月20日に現物を受け渡し、2028年3月20日に最後の利息を支払って償還を迎えるまでに、この国債は17回の利息を支払うことになります(2019年9月20日の分は除きます)。
つぎに(c)受渡銘柄の受渡決済日における残存期間(月数)は、2019年9月20日から2028年3月20日までですから、102ヶ月です。
(d)受渡銘柄の受渡決済日から次の利払日までの期間(月数)は、次回利払日は半年後の2020年3月20日ですから6となります。
(x)は長期国債先物の場合は6.0%となります。
以上の値を算出式に代入すればコンバージョンファクターが0.611599と求まります。
ベーシスとCTD(最割安銘柄)
さて、このようにどの銘柄にも適切なコンバージョンファクターが設定されているので、先物の売り手にとっては満期にどの銘柄を渡しても違いはありませんし、買い手にとっては満期にどの銘柄を渡されても同じことです。実際にやり取りされる金額がコンバージョンファクターによって調整されるからです。
と言いたいところですが、実はそうは問屋がおろしません。というのも、実際の現物国債はそれぞれの需給によって市場で価格が決まるわけで、先物価格にコンバージョンファクターをかけた理論値から乖離して取引されるのが通常だからです。そして、それがゆえに裁定取引の機会が存在するわけです。
この、現物国債の取引価格と、先物価格にコンバージョンファクターをかけた理論値の差を「ベーシス(Basis)」と言います。
実は、マーケットではありとあらゆることを「ベーシス」と呼びます。株やコモディティの現物と先物の差もベーシスと呼びますし、異なる通貨間の変動金利と変動金利を交換するベーシス・スワップにつくヘッジコストもベーシスと呼びます。
ともあれ、今回の債券先物の話では、
(ベーシス)=(現物価格)- (先物価格)x(CF)
となります。
さてそうなると、コンバージョンファクターが設定されたとは言え、やはり受渡適格銘柄の中にも、市場からあまり価値がないと判断されている安い銘柄と、そうでない高い銘柄が存在するわけです。
価値が高いと判断されている銘柄は、ベーシスが高くなりますし、価値が低いと見なされている銘柄は反対にベーシスが低くなります。
先物の売り手からすれば、こうした価値の低い銘柄を満期に渡したいでしょうし、反対に先物の買い手からすれば、なるべくこのような銘柄は受け取りたくないところです。特に、受渡適格銘柄の中でもっとも価値の低い銘柄のことを英語で「チーペスト・トゥ・デリバー(Cheapest To Deliver)」、略して「CTD」と言います。日本語では「最割安銘柄」とでも言いましょうか。
債券先物は売り手が渡す銘柄を選ぶ
さて、ここで債券先物市場における非常に重要なルールを説明しておく必要があります。それは、満期において「先物の売り手が渡す現物銘柄を選べる」というものです。先物の買い手が欲しい銘柄を選べるわけではありません。
さきほど述べたように、売り手としては当然、受渡適格銘柄のうち最も価値の低いもの、つまりCTDを渡すことになります。そして先物の買い手は、満期にCTDが渡されることを覚悟しておかなければなりません。その前提のもとで先物の買い値をつける必要があるのです。
これが、債券先物市場においてCTDが重要な理由です。先物はCTDを念頭に価格が決められるのです。「最割高銘柄」を気にしても仕方ありません。
また、さきほど
(ベーシス)=(現物価格)- (先物価格)x(CF)
であることは説明しましたが、現物を買って先物を売ることを「ロングベーシス」(ベーシスの買い)、反対に現物を売って先物を買うことを「ショートベーシス」(ベーシスの売り)と言います。
ネットベーシス
それでは、どの銘柄が当該先物のCTDなのか、いかにして判断すれば良いでしょうか。それにはさきほどのベーシスを使えば良いのですが、実はそれだけでは不完全です。
(ベーシス)=(現物価格)- (先物価格)x(CF)
というのは既に見たとおりですが、正確にその銘柄が最安か否かを判断するには、その銘柄を調達するためにかかるコストとその銘柄が先物の満期までにもたらすクーポン収入を考慮にいれてやる必要があります。
具体的に見ていきましょう。
ある銘柄を購入するには、その銘柄を購入する資金を調達するところから考えなければなりません。詳細は『レポ取引』の解説に譲りますが、その資金を調達するのがレポ市場です。
つまり、レポ市場で現物銘柄の購入に必要な資金を調達し、購入した銘柄を担保に差し出すわけです。そして先物満期までの期間に応じて、レポレートを上乗せした資金を返却する必要があります(下図黄色ボックス)。一方、この期間に当銘柄を保有していることでクーポン収入が得られますから、これはコストから差し引いてあげる必要があります。
これらを考慮にいれたベーシスを、「ネットベーシス」と言います。つまり、
(ネットベーシス)=(ベーシス)+(レポによる調達コスト)-(クーポン収入)
となります。
このクーポン収入とレポコストは、債券を保有し、それを担保に現金を借りている期間中、日割りで毎日ついてまわるものです。これを「キャリー(Carry)」と言います。
(キャリー)=(クーポン収入)-(レポコスト)
です。日々得られるクーポン収入が、日々支払わなければならないレポコストを上回ればポジティブキャリー(Positive Carry)となって全体のコストは小さくなりますし、レポコストがクーポン収入を上回れば、ネガティブキャリー(Negative Carry)となって、全体のコストは大きくなることになります。
(ネットベーシス)=(ベーシス)-(キャリー)
と書いても良いでしょう。
キャリーを考慮にいれないベーシスのことを、ネットベーシスに対して特に「グロスベーシス」と言ったりもします。
CTDを判定するには、グロスベーシスだけでは不十分で、ネットベーシスを見る必要があります。
グロスベーシスの具体例
アメリカの債券先物が上場されているCME(Chicago Merchantile Exchange)グループの資料を例に、具体的にグロスベーシスとネットベーシスを計算してみましょう。
2016年9月限の長期米債先物の価格が「147-00+」だとします。この表記は取引の慣習なのですが、「147と0.5/32ドル」、つまり「147.015625ドル」を意味します。米債先物は1/64ドル単位で取引が行われ、最後の「+」は0.5/32を表します。
例えば「140-05」は「140と5/32ドル」、「145-27+」は「140と27.5/32ドル」を意味します。
そしてこの債券先物に対して、その受渡適格銘柄であるクーポン1.625%の10年債が「102-0375」で取引されているとします。これまた慣習ですが、これは「102と3.75/32ドル」を意味します。つまり「102.1171875ドル」のことです。
さらに、この先物のこの銘柄に対するコンバージョンファクターが「0.6928」だったとしましょう。
するとこの銘柄の2016年9月限先物に対するグロスベーシスは
(グロスベーシス)=102.1171875 - 147.015625 x 0.6928 = 0.2647625
となります。
ネットベーシスの具体例
さきほど述べたように、グロスベーシスだけでCTDか否かを判断することはできません。正確には、現物をレポで調達するコストと先物満期までのクーポン収入を考慮に入れたネットベーシスを計算する必要があります。
さきほどの10年債を、レポで資金調達して購入するところから考えましょう。具体的に、額面として千万ドル($10,000,000)分の債券を買うとします。
さきほどの「102.1171875ドル」という価格は、額面100ドルに対する価格なので、千万ドル分だと、「10,211,718.75ドル」になります。ところがこれだけでは購入できません。『クリーンプライスとダーティプライス』の説明をしたときに述べたように、 債券購入者は前回クーポン日から債券購入日までの経過利息(アクルーアル)を支払わなければなりません。
前回クーポン日が2016/2/15、次回クーポン日が2016/8/15、債券購入日が2016/7/8だとすると、債券購入者は、2016/2/15から2016/8/15までの半年分のクーポンのうち、2016/2/15から2016/7/8までの分を日割りで支払わなければならないので、
$10,000,000 x 1.625%/2 x (144/182) = $64,285.7
をクリーンプライス分の$10,211,718.75に加えた
$10,211,718.75 + $64,285.7 = $10,276,004.45
を債券購入資金としてレポ市場で調達しなければならないことになります。この金額を先物満期の2016/9/30までにレポレート0.475%で調達したとすると、この間の調達コストは
$10,276,004.45 x 0.475% x (84/360) = $11,389.24
となります。これまた慣習なのですが、アメリカでのレポ取引は1年360日だという前提でレートが提示されますので、日割り計算する際の分母は360になります。
一方で、債券購入日から先物の満期にその債権を先物市場に差し出すまでにクーポン収入が得られます。その額は、半年ごとに得られるクーポンを日割り計算して、
$10,000,000 x 1.625%/2 x (38/182) + $10,000,000 x 1.625%/2 x (46/184)
= $37,276.79
となります。したがってネットベーシスは、グロスベーシスにレポコストを足して、クーポン収入を差し引いたものですから、
(ネットベーシス)= 0.2647625 + 0.11389.24 - 0.37276.79 = 0.005887
となります。レポコストとクーポン収入を額面千万ドル相当から100ドル相当に変換して計算する必要があります。
通常、受渡適格銘柄の中で、このネットベーシスが一番小さなものをCTDと見なします。
インプライド・レポレート
ここで、債券トレーダーが使う有用な概念をひとつ解説しておきましょう。インプライド・レポレート(Implied Repo Rate)です。略して「IRR」と書きます。
それは、ベーシス市場がImply(示唆する)レポレートとでも言うべきもので、「債券を購入すると同時に先物をショート、そして先物満期にその債権を差し出す」という取引から得られるリターンを年率換算したものです。
さきほどの「ベーシス取引の流れ(ロングベーシス)」の図をもう一度見てみましょう。IRRは、下図の右側の緑色ボックスから得られるリターンを表しています。
式で書くと
となります。さきほどのネットベーシスの計算で見たように、ダーティプライスというのは、債券価格に経過利息を加えたもので、最初に債券購入者が支払わなければならない額です。これに対して、先物満期には
(先物価格)x(CF)+(クーポン収入)
だけの額が得られるわけです。日数というのは債券購入から先物満期までの日数です。したがって、IRRが緑色ボックスの取引から得られるリターンを年率換算したものだとというのが理解できるかと思います。
さて、なぜこれが債券トレーダーにとって有用な概念かというと、IRRがレポレートと比較しやすいからです。
つまり、インプライド・レポレート(右側の緑色ボックスから得られるリターン)が、レポレート(左側の黄色ボックスにかかるコストを年率換算したもの)よりも大きければ、このロングベーシス取引から利益を上げられることになります。
反対にIRRがレポレートより小さければ、上図とまったく反対の取引(ショートベーシス)から収益を上げられるかも知れません。つまり、レポ市場で現物を担保として受け入れてそれを空売りし、同時に先物を買います。期間中にレポ金利を受け取り、現物を空売りしていることからクーポンの支払いが発生します。そして先物満期になると、現物を受け取ってそれをレポ市場に返すわけです。
ここまで到達するのにずいぶん時間がかかりましたが、債券先物と現物(CTD)との間に裁定関係が存在する仕組みが理解できるかと思います。
IRRがレポレートから大きく乖離していれば、そこをついて裁定取引で利益をあげられるので、IRRとレポレートはほとんどの場合非常に近い値を取ります。
これが、IRRがそもそも”Implied” Repo Rateと呼ばれる理由です。
ベーシス取引とオプショナリティ
実は、上の議論は若干正確性に欠けます。というのも、本来IRRはレポレートよりもわずかに小さい値を取るべきだからです。それは、緑色のボックスが表すロングベーシス(つまり現物ロング先物ショートのポジション)には、黄色のボックスが表す単純な債権の貸借であるレポ取引からは得られない優位性が内在していることに由来します。
後で詳しく説明しますが、IRRとレポレートがまったく同じであれば、その優位性を無料で保有できることになるのでロングベーシスをすべきなのですが、市場が効率的であればそのような機会は存在しないはずで、したがってIRRはレポレートよりも小さくなるべきなのです。
その優位性とは、先物ショートから来るものです。債券先物市場の重要なルールに、「先物の売り手が渡す現物銘柄を選べる」というものがありました。
それゆえにベーシストレーダーは常にCTDを意識して取引するわけですが、実は、債券購入時にはCTDだったのに、先物満期までの間に価値が増えてCTDじゃなくなる可能性があるわけです。
これはロングベーシスの立場から見ればうれしい事です。保有している現物の価値が上がったわけですから、それよりも価値の低い新たにCTDとなった銘柄を調達して先物満期時に差し出し、価値の上がった銘柄を売って利益を上げることもできます。
言ってみれば、現物ロング先物ショートというポジションはオプションを保有しているのに似ているわけです。つまり、さきほど述べた優位性とは、先物ショートというポジションが内在しているオプショナリティのことです。
この、CTDがCTDでなくなる現象を「クロスオーバー(Crossover)」と言ったりしますが、実際の金利と標準物の金利(6%)が大きく乖離している場合はほとんど無視できるため、実は現在のように金利が6%を大きく下回るような環境下ではあまり気にしなくてもかまいません。
GC(General Collateral)とSC(Special Collateral)
さて、『レポ取引』で述べたように、レポ取引には大まかに言うと2つの側面があります。「資金の貸し借り」という側面と「債券の貸し借り」という側面です。
再度説明しますと、レポ取引の主目的が「資金の貸し借り」である場合、それはGC取引と言われたりします。
GCというのはGeneral Collateralの略で、強引に英語に訳すと「通常担保」とでも言いましょうか。要は、国債あるいはそれと同等の信用力さえあれば担保として差し出す債券の詳細は問わない取引です。
レポに出す側からすれば、あくまでも資金の調達が目的ですし、レポを受ける側も、まあなんでもいいからそれなりのものを出してくれればお金貸すよというわけです。
一方で、「債券の貸し借り」という側面にスポットライトが当たると、それはSC取引となります。
SCというのはSpecial Collateralの略で、これまた強引に英語に訳すと「特別担保」とでも言いましょうか。要は、「特定のこの銘柄の債券を貸して欲しい」という場合に、現金を担保にしてその債券を調達するための手段がSC取引です。
特定の債券への需要が強まると、それを調達するためにはより多くの品貸料を払わなければなりません。その債券の保有者からすると、それを貸すときに高い代金をもらえるわけです。そうなるともう、その債券はGCレポ・レートでは調達できません。
(レポ・レート)=(現金につく金利)ー(債券につく品貸料)
ですから、この際のレポ・レート、つまりSCレポ・レートはGCレポ・レートよりも小さくなります。需要が強く、品貸料が金利を上回ればレポ・レートはマイナスになります。こうなると、GCのように、債券を担保にして現金を借りる際に金利を払うのではなく、現金を担保にして利息を支払ってまで債券を借りるような状況です。SCレポ・レートがマイナスになるのは珍しいことではありません。
なぜここでGCとSCの説明をしたかというと、CTDは裁定取引の対象となる貴重な銘柄ゆえ、SCになりがちだからです。当然、それを考慮にいれた上でベーシス取引をする必要があります。
ロングベーシスする側からすれば、CTDのSCレートがマイナスであれば、期中にSC金利を受け取ることになりますし、ショートベーシスする側からすれば、空売りした際に金利を支払うことになります。
まとめ
今回はかなり長くなりましたが、債券先物と現物との間の裁定取引であるベーシス取引について説明しました。
詳細まで理解するにはなかなか多くの前提知識が必要とされるため、初心者にとっては結構大変かも知れません。
ただ、取引自体は低リスクで価格の乖離をつくものなので、数多くの金融機関やヘッジファンドが行っています。一度に取れる利ザヤ自体はそれほど多くないので、レバレッジを大きく効かせて大量に行うことが望ましいです。
また、このベーシス取引においては、CTDをいかに効率的に調達できるかがカギとなります。小規模なファンドだと、そこに食い込むのが難しいため、ヘッジファンドの中でも資金と経験が豊富な大手が圧倒的に有利な戦略です。
*1:国内には、ミニ長期国債先物という、通常の長期国債先物の1/10のサイズから取引可能な先物があります。この最終決済はその親にあたる長期国債先物の翌日の始値で差金決済されます
いよいよ進むかGSE改革。ファニーメイ(Fannie Mae)とフレディマック(Freddie Mac)の民営化についてまとめてみた。
こんにちわ。今日は、今アメリカの金融業界でホットなトピックであるGSE民営化について説明したいと思います。数多くのヘッジファンドや大手投資銀行が、千載一遇の金儲けのチャンスと見て首を突っ込んでいるなかなか面白い案件です。
GSEって何?
GSEというのはGovernment Sponsored Enterpriseの略で、日本語では「政府後援企業」とでも言いましょうか。主な役割として、みずから金融機関から住宅ローンを購入し、それを証券化してMBS(Mortgage Backed Securites)を組成、そしてそれを保証して投資家に売却することで米国の住宅ローン市場の流動性と安定化に一役買っています。
MBSについては下記をご参照ください。
そのGSEですが、具体的には以下の2つの企業のことを指します。
- Federal National Mortgage Association(通称 Fannie Mae、『ファニーメイ』)
- Federal Home Loan Mortgage Corporation(通称 Freddie Mac、『フレディマック』)
似たような企業に
- Government National Mortgage Association(通称 Ginnie mae、『ジニーメイ』)
というのがありますが、こちらは100%米国連邦政府所有の企業であって、GSEとは組織形態が異なります。これに対してファニーとフレディは政府以外の投資家も株式を保有する企業です。またGSEと違ってジニーメイ自身が住宅ローンを購入して証券を発行することはありません。あくまでも、住宅ローンの保証がメインの役割となっています。
GSE民営化とは?
さて、そのGSEですが、今アメリカで民営化の議論が進んでいます。
「ちょっと待て。ファニーとフレディはジニーと違ってそもそも上場企業だから既に民営化されてるだろ?」と思われるかも知れません。
ところが、GSEは現在、通常の民間企業とは異なり公的管理下にあります。
もともとGSEは民営化されていたのですが、金融危機を受けて2008年9月以降、政府の管理下に置かれてしまったのです。これを英語でConservatorship(コンサバターシップ)と言います。
2008年、サブプライムローン問題に端を発して米国住宅市場が崩落すると、ファニーとフレディは経営が破綻します。その年に政府がHousing and Economic Recovery Act of 2008(住宅経済復興法)を成立させると、その法律を背景にしてできたFederal Housing Finance Agency(FHFA、米連邦住宅金融局)という組織がGSEを管理下に置くこととなります。
その際、アメリカ政府がファニーとフレディの発行する優先株を買い取るという形で、実に1870億ドルもの資金がGSEに注入されたのですが、当然その原資は国民からの税金です。
そして10年以上経った現在までそのConservatorshipが続いているのですが、実はアメリカの住宅ローン市場はそれ以降急速に回復し、ファニーとフレディは政府の管理下に入って以降、凄まじい利益を上げています。
上述の通り、政府はGSEに1870億ドルの投資をしたわけですが、2019年3月時点で既に2860億ドルもの資金を回収しています。要は、今や世界屈指の優良企業なわけです。
『出典:Blueprint-for-Restoring-Safety-and-Soundness-to-the-GSEs-Final』
そこで、そろそろConservatorshipから外して民営化に戻そうという話なわけですが、実はこの話自体はずっと前から議論されていました。
ところがここ最近になってその機運がグッと高まりつつあるのです。
なぜ今GSE民営化なのか?
なぜその機運が今高まっているのか、いくつかのポイントがありますので見ていきましょう。
FHFAとNet Worth Sweepは違憲?
さきほど、政府はすでに2860億ドルもの資金を回収したと言いましたが、実はこの手法がいわくつきで、違憲なのではという意見があります。(ダジャレじゃないよ!)
2012年、住宅ローン市場の回復に伴いファニーとフレディが利益を出し始めると、当時のオバマ政権はその利益を全てFHFA経由で政府に流すように修正案を通します。
ファニーとフレディはもともと上場企業ですから、政府以外にも投資家がいます。ところが、その他の投資家には一切分け前を出さずに、利益はすべて政府が保有する優先株への配当という形で支払えと言ったわけです。
これをNet Worth Sweepと言います。純資産(Net Worth)となるはずの稼いだ利益をそのまま政府にササっとほうきで掃く(Sweepする)ように差し出すというイメージです。
当然その他の株主は不満で、各地で多くの訴訟が起きています。当初は原告側の主張が認められなかったのですが、ここへ来て風向きが変わりつつあり、判事から原告の主張をサポートするコメントが聞かれ始めているのです。
FHFAは、ファニーとフレディの後見人(Conservator)として作られた組織なわけですが、その後見人が利益を全部吸い取っているせいで、ファニーとフレディはいまだに独立するに十分な資本を内部に持てていないわけで、「全然後見人じゃないじゃん!」と言われるのも至極当然です。
またFHFAについては、その長官ひとりにあまりに多くの権限が付与されており、そもそもその組織構造自体が違憲だという判決も既が出されています。
このNet Worth Sweepですが、実はオバマケア資金に充当するために考案されたと言われています。そして、Net Worth Sweepに関するドキュメントの多くを当時の政権が非公開としていることが分かっており、それも含めて裁判のネタになっており、いろいろといわくつきなのです。
トランプ政権は民営化したい
トランプ政権はGSE民営化に積極的です。政権発足当初からの財務長官であるムニューシン(Steven Mnuchin)は、ことあるごとにGSE民営化は政府の優先事項のひとつだと言ってきています。
ひとつには、政府が圧倒的な大株主である限り、それは納税者をリスクにさらしていることに他なりません。ところが民営化して市場から多くの資金を集めれば、何かあっても投資家の自己責任にすることができます。
また、いずれにせよConservatorshipには遅かれ早かれ終わりが来ることは政府も認識しています。いつまでもNet Worth Sweepで利益を総取りできるほど甘くないことは政府も分かっているのです。
そもそも2008年の金融危機時に緊急避難的に導入された制度が、10年以上経ってアメリカ市場が完全に勢いを取り戻した今でも存続していること自体がむしろ不自然です。
トランプ政権がGSE改革を行わなかったとしても、その次あるいはそのまた次の政権下で議論に上がるのは明白です。
であれば、トランプ政権としてはGSE改革を自分の任期中に行ってそれを自分の実績にしたいというインセンティブが働きます。
また、実は政府は優先株の他に、行使価格0.00001ドルでファニーとフレディの普通株をそれぞれ市場全体の79.9%まで取得できるワラントを保有しています。
民営化の過程で、このワラントを行使して得た株式を市場に売却することで、1000億ドル超もの利益が政府に入り込むと推定されています。オバマがオバマケア資金捻出のためにNet Worth Sweepを使ったように、今度はトランプが壁建設のためにGSE民営化を推進するかも知れません。
新FHFA長官の就任
トランプ政権のGSE改革に対する本気度の表れとして、FHFAの長官にGSE民営化の急先鋒を任命したことが挙げられます。
FHFAの長官は、ワット(Mel Watt)というオバマ政権時代に任命された民主党出身の人物が5年間勤めていましたが、任期満了に伴い、トランプは新たにカラブリア(Mark Calabria)という人物を長官に任命しました。
カラブリアは副大統領であるペンス(Mike Pense)のチーフエコノミストを勤めていた人物で、GSE民営化の急先鋒とされています。
正式な任命には上院での承認が必要で、それまでの暫定としてオッティング(Joseph Otting)がFHFAの代理長官としてトランプに任命されたのですが、当然のことながら彼もカラブリアと同じくGSE改革に前向きで、カラブリアの正式就任までにその下地を作る役割を担うとされています。
さきほど、FHFAは違憲であるという判決が出ていると言いましたが、実は現長官であるオッティング自身がそれに同意しており、今後争うつもりが無いとさえ言っています。組織の長が、自分の組織が違憲だと認めているわけです(笑)
要は、FHFAの長官自身がFHFAを無くしてGSEを民営化する気満々なのです。
ヘッジファンドからの猛プッシュ
ファニーとフレディの投資家には、名だたる有力なヘッジファンドが名を連ねており、Blackstoneグループ創業者のシュワルツマン(Stephen Schwarzman)、サブプライムローン危機に乗じて荒稼ぎしたポールソン(John Paulson)、Pershing Squareのビル・アックマン(Bill Ackman)などがいるのですが、彼らが声をそろえてGSE改革を訴えています。
Net Worth Sweep問題が解決して、政府以外の投資家にも配当が支払われることになれば既存の株式を保有している彼らには大きなプラスです。
また、GSE改革のためにはファニーとフレディの資本増強が必須なのですが、市場から新たに株式公募をする際に、既存の株式価値も一気に上昇することは間違いありません。
彼らは、このGSE改革は千載一遇の儲け話だと考えているわけです。
中でもシュワルツマンはトランプの古くからの友人であり、トランプ政権の諮問委員会のチェアマンを務めるなど、トランプに大きな影響力を持っているとされています。
またポールソンは、当時はクリントン優勢と見られる中、キャンペーン中からトランプ支持を打ち出してトランプを資金面でも支えています。
要は、トランプ政権の影でGSE改革を猛プッシュしている既得権益があるのです。
まとめ
GSE改革についての現状と背景をまとめてみました。ファニーとフレディの民営化について、様々な思惑がうごめいているわけですが、かと言ってすんなりと民営化がなされるかと言えば、そこには当然さまざまなリスクが存在します。
史上もっとも先が読めない大統領トランプのことですから、気まぐれで方針転換する可能性もあります。
また、アメリカ市場が景気サイクルの終わりに近づき、住宅市場も頭打ちする中、今GSE改革をして政府の保証を弱めることが住宅市場にさらなる冷や水を浴びせる可能性も大いにあります。
FHFAとNet Worth sweepをめぐる裁判の判決も先が読めません。
ただ、いずれにせよ超巨大優良企業であるファニーとフレディの改革から目が離せないことには間違いありません。
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米ドルはそろそろ売り時か。DXYは2017年1月をピークとした半値戻しをこなして再度下落基調に回帰へ。
こんにちわ。佐藤です。
あけましておめでとうございます(遅っ!)。
もう2月ですが、2019年最初の投稿となります。
年末年始の相場のボラがすさまじく、本業が忙しすぎました(汗;)。おかげさまでまだ生きております(笑)
さて、久しぶりに相場の話をば。
為替をやってる方は、アップル決算に端をほっした1月3日の早朝のドル円急降下が記憶に新しいところだと思います。1月3日の深夜3時くらいには1ドル109.5円程度で取引されていたわけですが、そこから数時間程度で1ドル105円を割るまでダイブしたあれです(笑)
さて、そこから1か月を経て2月4日現在、再び急降下以前の1ドル109.5円を超える水準まで戻したわけですが、個人的には、もうちょっとドルに強くなってもらったところで、そろそろ米ドルの売り時かなと思っております。下のチャートは、DXY(ドルインデックス)の推移です。
DXY(ドルインデックス)をテクニカル的に見ると、2014年の半ばには80だったのが、ユーロの緩和策開始、米ドル利上げの機運が高まる中、半年足らずで一気に100まで急上昇。
その後ぶらぶらしながらトランプ施策に対する過剰反応から2017年年始に103を超えるとそこをピークに下落基調。
そこから1年後の2018年の1月に、米金利上昇、株好調、経済指標堅調にも関わらず米ドルが大きく売られると、2月の株暴落もあってしばらく停滞。89を割るとそこから1年弱かけて揺り戻し。半値戻しをこなして97.5まで登ったところでまた伸び悩みといった感じです。
今後は、クレジットサイクルの終盤にさしかかり、そろそろ米株の弱さが表れてくる段階に入ります。つい先日、パウエルからいよいよハト派転換をにおわす弱気コメントが聞こえてきましたし、潮目の転換点に近づいているのは間違いないでしょう。
昨年の夏から当ブログでも言っているように、そろそろドル売りフェーズがやってくると見ています。
そうこう言っている間に、ドル円は110円近くに接近。ユーロは1.14台前半にまで下がってきました。もうちょっとだけ待ってみよー(笑)
ではでは。
イールドカーブと景気サイクル。逆イールド発生は不景気突入の証!?
巷では、いよいよアメリカのイールドカーブが逆イールドに!と話題になっています。そこで今回はイールドカーブの形状変化と景気サイクルについて見ていきましょう。
イールドカーブって何だよという方はまずこちらを。
イールドカーブと景気サイクル
一般に、イールドカーブは景気サイクルとともに以下の4つの形状変化をとるとされています。
どこから始めてもよいのですが、不景気から開始するとしましょう。下図でいうと左上から時計回りです。
- ブル・スティープ(Bull Steepening)
不景気になると、経済活動を刺激するために、貸し借りが容易に行われるよう中央銀行が短期金利を下げる。金利が下がり、債券利回りが低くなるとマネーが徐々に株式に回るようになる。金利全体が下がる、つまり債券価格は上昇するという債券ブル相場であり、短期金利の下落が長期金利のそれよりも大きく、カーブの傾きが急になるので、ブル・スティープニングと呼ばれる。
- ベア・スティープ(Bear Steepening)
緩和刺激策の効果が出ると、景気の拡大を示唆して、将来の金利正常化およびインフレが織り込まれて長期金利が上がる。長期金利の上昇(債券ベア)が主導となってカーブの傾きが急になるので、ベア・スティープニングと呼ばれる。 - ベア・フラット(Bear Flat)
景気拡大期後半になると、バブル相場を防ぐように中央銀行が短期金利の引き上げに入る。短期金利の上昇(債券ベア)が主導となってカーブの傾きが平坦になるので、ベア・フラットニングと呼ばれる。
- ブル・フラット(Bull Flat)
短期金利の上昇がコストとなって徐々に企業業績にのしかかってくると、将来的な政策金利の引き下げが意識されるようになる。長期金利の下落(債券ブル)が主導となってカーブの傾きが平坦になるので、ブル・フラットニングと呼ばれる。そして実際にレセッションに入ると1に戻り、政策金利が引き下げられる。
イールドカーブ変化の覚え方
ここで、私が開発した、上記イールドカーブ変化の必殺の覚え方を紹介しましょう。それは、「不景気になるとブスになる」です(笑)
上述のように、不景気になると中央銀行は政策金利を引き下げるため、短期金利の下落(債券ブル)が主導となってカーブがスティープニングするブル・スティープニングが発生します。
ブル・スティープニング、略して「ブス」です。実際、不景気になると世の中の人々の顔が暗くなってブスになると覚えましょう。
あとのサイクルは流れで覚えてください(適当笑)
基本的に、スティープニングというのは、金融緩和策が取られている状態、フラットニングというのは引き締めに舵を取っている状態です。
過去の米景気
必ずしもこういったイールドカーブの形状変化が景気サイクルとともにきれいに現れるわけではなく、各局面で行ったり来たりすることもあるのですが、歴史的に見ると、だいたい8~10年程度でこの景気サイクルを繰り返します。
1983-1990の米景気
直近でみると、米景気は1980年代に拡大していきましたが、80年代の後半にFEDが利上げサイクルに入ると、徐々に企業債務が意識されだし、1990年のオイル危機をきっかけにレセッションに入りました。
1991-2001の米景気
レセッションに入るとFEDは政策金利の引き下げで対応します。すると1990年代は再び景気拡大期に突入します。しかし今度はドットコムバブルの崩壊によって不景気に入ることになります。
2002-2008の米景気
FEDは再び政策金利を引き下げて、ドットコムバブル以降再び景気は拡大期に入ります。しかし今度はサブプライム問題に端を発する大規模な金融危機に陥ると2007年末より一気に不景気に突入します。
2009-現在
金融危機に対応するため、FEDは一気にほぼ0%にまで政策金利を引き下げます。その他、国債をはじめとする金融資産の爆買いなど大規模な金融緩和策を実行することで、米景気は現在まで再び拡大してきました。
実際、上に述べたように政策金利もあわせて変化させていることが分かります。
逆イールドは景気後退のシグナル!?
さて、2018年12月現在の米国債イールドカーブは上記サイクルにおける3(ベア・フラットニング)から4(ブル・フラットニング)に移行したような動きをしています。
FEDは米景気が好調でインフレ基調にあることから、徐々に短期金利の引き締め(利上げ)をこなしてきていました。
ところが市場には利上げペースが速すぎるとの懸念が早くからまん延しており、アマゾンを始めとする各社企業の業績悪化を背景とする10月の株の暴落が起こると、その後のパウエルのハト派コメントもあり、イールドカーブが大幅にブル・フラットニングする事態となりました。
ご覧の通り、3年5年でみると短期金利が長期金利を上回る逆イールドという事態が発生しています。まだ2年10年では逆イールドとはなっていませんが、ここ1か月で急激にフラットニングしたのは間違いありません。歴史的に見て、逆イールドは不景気突入の極めて優秀なシグナルとなっています。はたして、このままブル・フラットニングが続くのか、あるいは今回のフラットニングがリスクオフによる一時的な長期債の駆け込み買いによるものなのか。筆者は、このまま一気に不景気突入とは行かないと思いますが、そろそろ景気サイクルの終わりに近づいているのは間違いなさそうです。
保険会社と銀行はオープン外債投資増加へ。円高リスクは覚悟の上。ヘッジコスト(金利差+ベーシス)が高すぎる!
今日は、国内の保険会社や銀行がオープン外債投資を増やしているというお話を。
外債投資の背景
オープン外債というのは、為替ヘッジをしない外債投資のことを言います。
ご存知の通り、日本の国債(円債)の利回りは鼻くそみたいなもんで、短期債に至っては利回りがマイナスのため、買う妙味がありません。
そこで日本の保険会社や銀行は、高利回りを求めてアメリカの国債や社債などへの投資を増やしてきていました。
2008年の金融危機以降、欧米は金融緩和のお金ジャブジャブ戦法で乗り切ってきたわけですが、その中で真っ先に経済が復調し、唯一金利正常化に舵を取っているのがアメリカです。米10年債利回りは3%超ですから、日本の機関投資家にとっては非常に魅力的です。
高利回りを求める動きはイールドハンティング(Yield Hunting)と言われ、米債以外にも、例えば新興国の国債などははるかに利回りが高いわけですが、リスクが非常に高いため、保険会社や銀行などのように、コンサバな運用を求められるところではなかなか行けません。
先進国で米債より利回りが高いのはイタリア債くらいですが、イタリアはイタリアでポピュリズム政党が台頭しており、政治的な不確定要素が非常に高く、新興国並みとまでは言いませんが、利回りが高いのには訳があります。
そうなってくると、好調な経済(当ブログで何でも言ってますが、来年以降そろそろ怪しいですが)に支えられての健全な高利回りという意味ではアメリカが数少ない選択のひとつなわけです。
外国資産に投資するには為替ヘッジをしておこう
ところが、日本の投資家が米国の資産に投資をする場合、為替リスクが伴います。当然、米債を買うにはまず日本円をドルに変えて購入するわけですが、米債の価値がドルベースで1%上昇したとしても、為替が1%円高に振れれば、円ベースではプラスマイナスゼロということになります。
そこで通常、ドル資産に投資をする際には、同時に為替ヘッジをかけて投資を行います。為替ヘッジは、為替スワップの形で行うのが通常です。つまり、スポットレートで円売りドル買いを行い、同時にフォワードレートで3か月後にドル売り円買いの予約を入れておくというやり方です。
その際、3か月先フォワードレートがスポットレートよりも円高であれば、それはヘッジにコストがかかるという意味です。為替のヘッジコストというのは
(ヘッジコスト)=(金利差)+(ベーシス)
で決まります。そしてそのヘッジコストはフォワード価格に反映されています。詳しくは以下記事をご参照ください。
ただし、ヘッジコストが高すぎる!
ところが今、そのヘッジコストが上昇しており、実は為替ヘッジをかけて米債投資をするのって、何も考えず円債投資をするよりもイケてない状況になっています。下図の通り、いまや両方鼻くそみたいなもんです。
ドルに対する需要と円に対する需要とのバランスで決まるベーシスコスト自体はそれほど高くなっているわけではないのですが、要は単純にアメリカの政策金利が上昇していることを受けて、ドルと日本円の間で短期の調達金利差が拡大しているのが最大の理由です。
そこで保険会社などは、もう為替ヘッジ外しちゃえ!という方針になっているのです。それがオープン外債増加です。
円高リスクは覚悟の上!
例えば米10年債を買えば2018年11月現在、ドルベースで3%程度の利回りを取れるわけです。ところが、為替ヘッジをしていないので、為替が3%円高にふれればリターンは帳消しになってしまいます。それどころか、5%円高に振れれば一気に含み損です。
これだけ金利差が拡大しているので、為替も円高にはふれにくいだろいうというのが保険会社や銀行各社の思惑なようですが、個人的にはもうそろそろドル高局面もいったん終わりだろと思っています。
はてさて。
スワップの基礎(8)CDS指数
前回、個別の企業や国債に対するCDSを見ました。実はCDSには、個別の企業や国債に対するものだけではなく、複数の銘柄に対するCDSをまとめて指数化したものが存在します。
株で言うところの個別株と日経(あるいはトピックス)みたいなものですね。ただし、株式指数は直近の個別株の値から計算される単なる値ですが、CDS指数は取引することができます。
主なCDS指数
取引量の多い主なCDS指数として、iTraxx(アイトラックス)シリーズとCDXシリーズがあります。歴史的な経緯があって名前が分かれていますが、iTraxxはヨーロッパとアジア諸国を対象、CDXは北米とその他新興国を対象としており、現在はどちらもMarkit社が管理しています。
- iTraxx Europe Main Index
ヨーロッパの投資適格銘柄125社を対象。満期は3,5,7,10年物がある。 - iTraxx Europe Crossover
ヨーロッパの非投資適格銘柄50社を対象。満期は3,5,7,10年物がある。 - iTraxx Japan
日本の投資適格銘柄40社を対象。満期は5年物。 - CDX.NA.IG(NAはNorth America、IGはInvestment Gradeの略)
北米の投資適格銘柄125社を対象。満期は1,2,3,5,7,10年物がある。 - CDX.NA.HY(HYはHigh Yieldの略)
北米の非投資適格銘柄50社を対象。満期は5年物。 - CDX.EM(EMはEmerging Marketの略)
新興国の国債のCDSを対象。満期は5年物。
これらCDS指数は対象銘柄を等ウエイトで重みづけして構成されており、ざっくり言えば、対象銘柄のCDSの平均値を取引するようなものです。
構成銘柄は3月と9月の年2回、半年ごとに見直され、そのたびに新しいシリーズが発行されます。例えば、2018年7月現在、iTraxx japanはシリーズ29*1、CDX.NA.IGはシリーズ30が最新です。この最新のCDS指数を「オンザラン」(On The Run)といい、古くなったCDS指数を「オフザラン」(Off The Run)と言います。流動性は落ちますが、古くなったオフザランの指数も引き続き取引可能です。
下は、2017年9月20日に組成され、現在はオフザランとなっているiTraxx Japan Series 28のスプレッドの推移です。
CDS指数の買いはプロテクションの売り
で、ここがちょっとややこしいのですが、CDS指数を買った場合、それはプロテクション(保険)を売ったことに相当します。
(CDS指数の買い)=(プロテクションの売り)
です。
CDS指数は、半年ごとにその時の構成銘柄のCDS市場を考慮した上で、一定のクーポンがついた債券のような形で組成されます。
例えば、2018年3月20日に組成されたiTraxx Japanシリーズ29は、クーポンが100bps(つまり1%)で、買い手は3か月ごとに0.25%のクーポンを受け取る債券として組成されています。要は、指数の買い手はプロテクションを売っているので、プロテクションの買い手からクーポンを受け取るわけです。そしてこのクーポンは満期まで変わりません。通常の利付債と同じですね。
さて、市場のデフォルトリスクが高まってくると、当然個別銘柄のCDSスプレッドの平均であるCDS指数のスプレッド自体が上昇します。例えば150bps(1.5%)にまで上昇したとします。すると「CDS指数の価格」自体は減少します。
『債券の基礎(1)価格と利回り』で見た、固定利付債の利回りが上がると価格が下がるのとまったく同じメカニズムです。
例えば、クーポン100bpsで発行されたCDS指数を、デフォルトリスクが低くなってスプレッドが50bpsに低下した時に買って、デフォルトリスクが高くなってスプレッドが150bpsに上昇した時に売ったします。つまり、
(デフォルトリスクが低くなる)=
(CDSの売りから得られる利回りが低くなる)=
(CDS指数の価格が高くなる)
時に買って、
(デフォルトリスクが高くなる)=
(CDSの売りから得られる利回りが高くなる)=
(CDS指数の価格が低くなる)
時に売っているので、損をします。繰り返しますが、
(CDS指数の買い)=(プロテクションの売り)
なので、注意してください。
*1:
例えば、現在のiTraxx Japanのオンザランであるシリーズ29の構成銘柄は以下の40社です。
- アコム
- イオン
- ANA
- 富士通
- 阪急阪神ホールディングス
- 日立製作所
- 本田技研
- 伊藤忠商事
- JT
- JFEホールディングス
- 鹿島建設
- 川崎重工業
- 川崎汽船
- 近鉄グループホールディングス
- 神戸製鋼
- コマツ
- 丸紅
- 三菱商事
- 三菱重工業
- 三井物産
- 三井化学
- 商船三井
- NEC
- 日本製紙
- 新日鉄住金
- 日本郵船
- 日産
- 大林組
- 王子ホールディングス
- オリックス
- パナソニック
- リコー
- 清水建設
- ソフトバンク
- ソニー
- 住友化学
- 住友商事
- 住友不動産
- 東京電力
- トヨタ
スワップの基礎(7)CDS(Credit Default Swap)
前回までに、スワップとは何か、どんな種類があるのかについて簡単に見てきました。今回は、CDSについて説明します。
CDSはクレジット・デフォルト・スワップ(Credit Default Swap)の略で、言うなれば「特定の企業がデフォルトする確率」を取引するものです。これまでこのシリーズで解説してきたスワップとは若干毛色が異なります。
CDS
今、ある投資家が企業Aの社債を購入したとします。投資家からすれば、A社がデフォルトすると元本が返ってこない恐れがありますから、A社のデフォルトに備えた保険がほしいと考えるでしょう。この場合、投資家はA社を対象とするCDSを購入することでこのリスクを取り除くことができます。
古典的なCDSは以下のような図になります。
例えば、投資家がA社を対象とする元本100億円のCDSを買ったとします。CDSの価格は「スプレッド」で表します。例えば、スプレッドが1%だと、CDSの買い手は元本の1%を毎年売り手に支払います。支払い頻度が3か月の場合、
を3か月おきに支払うことになります。CDSの期間は通常5年ですが、1年のものもあれば10年のものもあります。A社に何も問題がなければ、買い手はそのままスプレッドを満期まで支払い続けて終わりです。
ところが、もしもA社に「何らかの問題」が発生した場合、CDSの買い手はA社債を元本価格で売りつけることができます。この「何らかの問題」をクレジットイベントと呼び、CDS締結時に規定しておきます。
例えば、上図のように締結から11か月目にクレジットイベントが発生した場合、最後の支払いから2か月たっていますから、その2か月分のスプレッドを最後に支払って社債を元本で売りつけることになります。
クレジットイベント
例えば、典型的なクレジットイベントは以下のようなものです。
●クーポンおよび元本の支払い不履行
●債務再編
●破産
債務再編とは、企業や政府が返済困難に陥った時に、既存の債券に対する支払期限の延長や元本およびクーポンの引き下げなどを行うことです。
CDSは企業を対象としたものに限らず、政府を対象とするものやCDO(債務担保証券)を対象とするものまであります。
現物決済と差金決済
上の図では、クレジットイベント発生時にCDSの買い手が売り手に債券を元本価格で売りつけていますが、これを現物決済といいます。現物を売り渡すわけです。それとは別に、差金決済がとられる場合もあります。
CDSは、対象となる債券を保有していなくても買うことができます。例えば上の図の例でいうと、この投資家はA社債を保有していますから、クレジットイベント発生時にはその保有しているA社債を元本価格で売りつければよいわけです。
ところが、CDSは投機目的で買うことができます。つまり、「この会社つぶれそうだな」とか「この国デフォルトするな」と思えば、対象となる債券を保有せずともCDSだけ買うことができます。
その場合、クレジットイベントが発生しても売りつける債券がありません。こうしたケースを想定して、差金決済という制度がとられます。
差金決済では、額面価格と市場価格の差額がCDSの買い手に支払われることになります。例えば、A社にクレジットイベントが発生したとします。すると直後にオークションが行われ、債券の決済価格が決められます。仮に、額面100円のA社債の価値が激減して、オークションの結果最終価格が20円に決まったとしましょう。その場合、元本100億円分のCDSの買い手は80億円を受け取ることができます。
実質的には、100億円でA社債を全部売り払うことと同じ効果になります。
今回はここまでです。次回は、 CDS指数について説明します。
スワップの基礎(6)為替スワップ(Foreign Exchange Swap)
今回はスワップの基礎シリーズ第6弾ということで、為替スワップについて説明します。第4回で、為替ヘッジの手段としてベーシススワップについて解説しました。
為替スワップも、ベーシス・スワップと同様に、為替変動リスクをヘッジした上での外貨調達に用いられる手段です。共通点もあれば相違点もありますので、それを解説したいと思います。
為替スワップ
為替スワップも、クロスカレンシー・ベーシス・スワップと同じように、為替変動リスクをヘッジした上での外貨調達を目的とします。
為替スワップのキャッシュフローは以下のようになります。現時点の為替レート(スポット為替レート)で、ある通貨と別の通貨の元本を交換し、それと同時にフォワード為替レートで将来に反対の為替取引を行うことを約束しておきます。下の例では、期間1年、スポット為替レートは1ドル100円としています。
クロスカレンシー・ベーシス・スワップと違い、期中に金利のやり取りは行いません。また、実際には為替スワップは3か月程度の短期のものが多く、ほとんどが1年未満です。一方でクロスカレンシー・ベーシス・スワップは1年以上のものが多く取引されます。
金利平価説(Interest Rate Parity)
フォワード為替レートは、金利平価説をベースに決まります。要は、将来の為替レートは、現在の為替レートに、2通貨間の金利差を加味して決まるという考えです。
スポット為替レートが1ドル100円で、米ドルの金利が5%、日本円の金利が1%だったとします。すると、1年後には1ドルは1.05ドルになるでしょうし、100円は102円になるでしょう。これらは同じ価値であるべきなので、1年後の為替レートは、
1.05ドル=102円
つまり、
が1年後の為替レート、つまりフォワード為替レートだというものです。一般に、現在のスポット為替レートを、自国通貨の金利を、外国通貨の金利をとすると、 年後の為替レートは
となります。この考えを、特にカバー付き金利平価説(Covered Interest Rate Parity)と言います。
クロスカレンシー・ベーシス・スワップは期中に金利の交換をしますが、為替スワップの場合、言ってみれば期中の金利交換をしない代わりに金利差を満期時点での為替レートに織り込んでいるわけです。
クロスカレンシー・ベーシス・スワップとの比較
それでは、今説明したCovered Interest Rate Parityだけで為替スワップおよびフォワード為替レートが決まるかというとそうでもありません。市場参加者が将来の金利に対してどう見ているか、またクロスカレンシー・ベーシス・スワップと同様にファンディング需要が大きな影響を及ぼします。
前回、クロスカレンシー・ベーシス・スワップを説明した際に、米ドルでない側にベーシスを付加して契約すると言いました。例えば、ドル需要が高まると、このベーシスはマイナスの値をとります。
同様にドル需要が高まると、上図におけるフォワード為替レートは は、Covered Interest Rate Parityに基づく値よりも、より円高になって(つまりの値は小さくなって)取引されます。
クロスカレンシー・ベーシス・スワップも為替スワップも、為替変動リスクをヘッジした上での外貨調達の手段として用いられます。したがって、同じ期間を比較した場合、一方での外貨調達が他方よりも明確に割安だった場合、皆がそちらの手段を優先するようになって、割安感はなくなるでしょう。つまり、クロスカレンシー・ベーシス・スプレッドと、為替スワップを通したフォワード為替レートには裁定が働くことになります。
今回は以上です、次回はこれまでと若干毛色を変えてCDS(Credit Default Swap)について説明します。
デリバティブの基礎の基礎(6)進むLIBOR改革。フォールバックの議論中。
LIBORの改革が進んでいます。
LIBORとは、ありとあらゆる契約の決済金利に登場する金利指標のひとつです。ところが不正操作が発覚したため、LIBORに変わる新しい金利基準の議論が進んでいます。
特に、既に締結済みのデリバティブ契約について、LIBORがなくなった場合に代わりに何で決済すべきかというLIBORフォールバック(LIBOR Fallback)の議論がISDAより進められており、つい先日(2018年11月27日)、その議論の進展がISDAから報告されました。フォールバックというのは、従来のシステムが故障したときに代用として使われるものを指します。
ISDAとはInternational Swap and Derivatives Associationの略で「イスダ」と読みます。スワップなど、店頭デリバティブの標準化をつかさどる組織です。
LIBORとは
LIBORとはLondon Interbank Offered Rateの略で、「ライボー」と読みます。一定の格付け以上の銀行間でお金の貸し借りをする際につく金利のことで、高格付けの国際銀行のみを対象としているので、デフォルトする確率はほぼないとみなされています。
したがってLIBORは、無リスク金利の候補として従来より使われてきており、ありとあらゆるところで登場します。住宅ローンから、ユーロダラーなどの金利先物から、FRAからスワップから、なにからなにまでいたるところでです。
実際には、LIBORは銀行の信用リスクを含んだ金利であるため、無リスク金利ではありません。事実、信用危機のおきた2008年にはぶち上ったため、全然リスクフリーじゃないというのは周知の事実です。
まあそれは良いのですが、このLIBOR、その国際銀行間での不正操作が横行したために、改革が必要だということで、ここ数年ずっと議論が続けられてきています。
LIBOR操作不正
LIBORというのは、特定の銀行の間だけで決められる値です。日々、フィクシング(Fixing)という、まあ一種の談合のようなプロセスで決められるわけです。
そこで、LIBORを決める会員となっている銀行のトレーダーは、取っているポジションに利益となるように同銀行のLIBORの担当者に依頼をして、不正に上げたり下げたりしてLIBORを申請してもらっていました。LIBORは推定でおよそ350兆ドル!相当と言われる契約の決済基準になっていますから、0.01%の違いが膨大な損益につながります。
また、高いLIBORは低い信用力の現れでもありますから、意図的に低く設定されたりもしていました。
そこで、2017年7月、英金融規制当局であるFCAはLIBORを2021年に廃止し、新たな金利基準の制定に着手することを発表したのです。
LIBORフォールバック
と言っても、この新しい金利基準の制定は一筋縄ではいきません。
なにせ既に大量の契約がこのLIBORに紐づけられて締結されているわけですから、「この契約はLIBORじゃなくて新LIBORなるもので決済することにします」と急に言われても、当事者が混乱してしまいます。
また、当然既存の契約の買い手、売り手双方にとって納得感のあるものでなくてはなりません。
そこでISDAはLIBORが決済基準となっているデリバティブについて、LIBORに変わる決済金利の策定を、市場関係者からのヒアリング、コンサルティングを受けながら進めてきています。
OISレートに過去のスプレッドを上乗せ
新たな金利基準の候補となるのが、OISレートです。OISはOvernight Indexed Swapの略で「オーアイエス」と読みます。変動金利の指標として3ヶ月物や6ヶ月物のLIBORではなく、翌日物金利(日本の場合は無担保コール翌日物)を日次で複利運用した場合に得られる金利を使います。
多分、何言ってるかよく分からないと思いますので(笑)、詳しくはテナーベーシススワップと合わせて以下をご参照ください。
要は、OISの方が無リスク金利に近いわけです。
ところが、単純に、LIBORをOISレートで代用して決済基準とするわけにはいきません。
上述のように、LIBORは会員銀行の信用リスクを含んでいるので、OISレートよりも値が高くなっています。
したがって、既存のデリバティブ契約における変動金利の払い手にとっては、LIBORの代わりにOISレートの支払いで良ければ大満足ですが、受け手にとってはたまったもんじゃありません。
そこで、OISレートに、過去のLIBORとのスプレッドを何らかの形で上乗せしたものを、既存のデリバティブ契約の決済基準に使用という考えが浮かんできます。
つい先日(2018/11/27)のISDAからの報告はこのように考えに則ったもので、
「無リスク金利に何らかの過去のスプレッドを上乗せした値をLIBORフォールバックとする予定だ。詳細は未定だけどね。」
という内容のものでした。
繰り返しになりますが、これは結構重要な議論で、テナーベーシスのマーケットにかなりのインパクトを与えます。実際、米ドルの10年LIBOR-OISは報を受けて一気にタイトニングしています。
『出典:Bloomberg』
はてさて、どうなりますやら。
スワップの基礎(5)クロスカレンシー・スワップ=金利スワップ+ベーシス・スワップ
スワップの基礎シリーズ第5回目です。
第1回では同じ通貨間で行う金利スワップ、そして第4回は異なる通貨間で行うクロスカレンシー・スワップとベーシス・スワップを見ました。ベーシス・スワップとは、クロスカレンシー・スワップのうち、変動金利と変動金利を交換するものでした。今回は、これら3つの間にある関係性を説明したいと思います。
目次
クロスカレンシー・スワップ=金利スワップ+ベーシス・スワップ
厳密性を排除すると、これら3つには大雑把に
クロスカレンシー・スワップ=金利スワップ+ベーシス・スワップ
という関係性が成り立ちます。これはキャッシュフローを眺めてみると分かります。今あなたは、各キャッシュフロー図の上側にいると考えてください。また、今回は紺色が日本円、茶色はドルを表すように色分けしています。
図1は満期3年、6か月おきの円金利スワップです。あなたは固定(スワップレート)を支払って、かわりに変動金利を受け取っています。
図2は同じく満期3年、6か月おきのドル円ベーシス・スワップです。あなたは期初にドルを渡して円を調達し、期中に変動円金利を払います。つまりドル円ベーシス・スワップをペイしています。
図3は、同満期、同交換頻度のクロスカレンシー・スワップです。あなたはドルの変動金利を受け取って、円の固定金利を支払います。
するとどうでしょう。図1と図2を足すと、期中の金利スワップからの変動円金利の受取とドル円ベーシス・スワップからの変動円金利のペイがキャンセルして、結果的に、図3のように期中には$LIBORの受取と、円金利スワップの固定金利にドル円ベーシス がくっついた固定金利のペイが残ります。
期初と期末にはドル円ベーシス・スワップからの元本および金利交換がそのままついてきて、図3のクロスカレンシー・スワップのキャッシュフローのようになります。つまり
クロスカレンシー・スワップ=金利スワップ+ベーシス・スワップ
というのが感覚的に理解できるかと思います。
ベーシス・スワップを利用したトレード
前回、ドル需要が高まるとベーシス・スプレッド が大きくマイナスになってくると言いました。この場合、もしもすでにドルを保有している立場(例えば米銀)であれば、そのベーシス・スプレッドを利しておいしいトレードをすることができます。
今、実質的に無リスクの国債で資金を運用すると考えましょう。ドル保有者からすれば
1.クロスカレンシー・スワップで円を調達して円債を買って運用
2.そのままドルで米債を買って運用
の2つから選べます(もちろんその他外債を買って運用しても構いませんが、今は米債か円債だけを考えます。)。それぞれの場合について見ていきましょう。
クロスカレンシー・スワップで円を調達して円債を買って運用
これまでと同じ、満期3年、6か月おき受取の円債を買った場合のキャッシュフローは下の図のようになります。あなたがドルを持っている米銀の立場だとしてください。
まず、円債を買うために円を調達する必要があります。また、米銀の立場からすれば期中に入ってくる固定円金利はドルに替えたいので、まさに図3のようなクロスカレンシー・スワップを締結するでしょう。
つまり、米銀が円債を運用したときに得られる利回りは
図4と図3を足し合わせて
となります。
ドルで米債を買って運用
これまでと同じ、満期3年、6か月おき受取の米債を買った場合のキャッシュフローは下の図のようになります。あなたはすでにドルを持っている米銀の立場だとしてください。
金利リスクを避けるために、米債から期中に入ってくる固定米金利を変動金利に変えるために、同時にドル金利スワップを結ぶとしましょう。ドル金利スワップのキャッシュフローは下図のとおりです。
すると、米銀がそのまま米債をを買って運用した場合に得られる利回りは図5と図6を足し合わせて
となります。
円債運用 vs 米債運用
さて、両者を比較してみましょう。受け取るは両者ともに同じなので
となります。
はドル のスワップ・スプレッドそのものですし
は円のスワップ・スプレッドそのものです。
つまり、その差
がドル円ベーシスよりも大きければ、米銀は米債を運用するよりも、円を調達して円債で運用した方が儲かることになります。
利回りゼロでも円債運用
2018年7月現在、例えば5年債を見てみると、
$5年スワップレート:2.87%
$5年債利回り:2.72%
円5年スワップレート:0.09%
円5年債利回り:-0.12%
5年ドル円ベーシス:-0.42%
となっています。つまり、
となっており、米銀は円を調達して円債運用したほうが儲かる状況になっています。円債利回りがマイナスなのにです(笑)
つまり、それほどドル円ベーシスのマイナスが大きくなっている。つまり、ドル需要がひっ迫しており、ドルを持っている銀行が強いわけです。逆に言えば、デフレで悩み、日銀政策によって運用利回りを出せない日本の金融機関は弱い立場に追い込まれているというのが現状です。
今回は以上です。次回は、為替ヘッジの手段である為替スワップについて解説します。