佐藤茂のときどき真面目な金融日記

とある外資系トレーダーが綴る、金融中心かと思いきや雑多なブログ

ヘッジファンドの戦略(1)イベントドリブン。リスクアービトラージとは。

スポンサーリンク

今後、『ヘッジファンドの戦略』シリーズと称して、気が向いたときにどうやってヘッジファンドがお金を稼いでいるのかを紹介していきたいと思います。

第1回目はイベントドリブン(Event Driven)です。

普通、ヘッジファンドの戦略を紹介する時に、初っ端にイベントドリブンが出てくることはあまりないのですが(笑)、ちょうどFinancial Timesに、QualcommによるNXPの買収案件の記事が出ていたので、それを例にして説明したいと思います。

 

 

イベントドリブンとは

イベントドリブンとは、通常ではないなんらかのイベントに乗じてお金を稼ぐ戦略の総称です。例えば、M&Aや、企業のスピンオフ、再編などです。あるいは経営が悪化して売られすぎた時に、安すぎると判断して投資するディストレスト投資もイベントドリブンの1種です。

今回はM&Aに絡んで一儲けするリスクアービトラージ(Risk Arbitrage)という戦略を説明します。個人的にはこのネーミングはかなりイケてないと思っていますが、まあそう呼ばれているので仕方ありません。

マージャーアービトラージ(Merger Arbitrage)とも言いますが、こっちの方がまともです。

今、イベントドリブン業界でもっともポピュラーなトレードのひとつが、米通信大手Qualcomm社によるオランダ半導体メーカーNXP社の買収案件です。

 

M&Aの過程

通常、A社がB社を買収しようとするとき、A社がB社株を1株いくらで買いますと提案します。その提案価格は、現在のB社株より高くないといけません。そうじゃないと、B社の株主にとってはなんのメリットもありません。

例えば、現在のB社株が80ドルで、買収の提案価格が100ドルだったとします。すると、買収提案のニュースが出るとB社株は一気に上がりますが、100ドルまで上がることはありません。なぜなら、交渉途中で買収が破断になるかもしれないからです。

80ドルのB社株が、100ドルでの買収の話が出たときに90ドルになったとすると、それは市場が、50%の確率で失敗するとみているわけです。本来、成功すれば100ドルなので、20ドル上昇すべきところが、10ドルしか上昇しなかったわけですから、市場は文字通り半信半疑に思っているということでしょう。

反対に、一気に95ドルまで上がったとします。つまり15ドルの上昇です。それはつまり、市場が75%(15/20=75%)の確率でM&Aが成功すると思っているということです。

 

ヘッジファンドの儲け方

こうしたM&Aの過程で、ヘッジファンドはお金を儲けようと参加してきます。例えば先ほどの例でいえば、市場が50%しか成功しないとみているときに、絶対に成功すると思えば、90ドルでB社株を買えばいいわけです。最終的にM&Aが成功して100ドルで決着がつけば、10ドル利ザヤを稼げることになります。反対に、M&Aが失敗に終われば、負けることになりますが。

中には、非常にアグレッシブに、B社の株を大量保有して大株主として買収する側と交渉するヘッジファンドもいます。「この提案価格じゃ低すぎるからもっと上げろ。そしったらB社株を売ってもいいぞ」という具合です。

この過程の中で、実際に買収価格が何度も引き上げられることはよくあります。買収提案価格が引き上げられれば、その時点で株価は上昇します。

このように、M&A交渉は一筋縄ではいかないため、途中経過でいろいろなニュースが出てくるたびに株価が乱高下します。 

 

M&Aが破談になる理由

最終的に買収が成功に終われば、提案価格よりも安い価格で買収ターゲットの株を買えれば儲かるわけですが、買収が破談になる理由はいくつもあります。

例えば、買収される側が買収する側に、もっといい条件で買収しろなどせまって、それを買収する側が飲めずに破談に終わる場合もあります。

あるいは、A社がB社を買収しようとしていたら、横からC社がもっと良い条件でB社に買収をせまって、結局A社が負けてしまうとか。まあこの場合、B社株をもっていた人にとっては良いでしょうが、シナジーが見込めると思いA社株を買った人は損をする場合があります。

一方で、そもそもA社がB社を買うことによるメリットがないと思われていれば、買収の破談によってA社株が上げるということもよくあるのですが(笑)。

で、大企業同士のM&Aが失敗に終わる理由でよくあるのが、独占禁止法に抵触するからダメなどといった司法判断、あるいは国家の不利益になるからダメといった政治的判断からのブロックです。

今回のM&A案件は、まさにその政治的判断から破断になるリスクをかかえています。

 

QualcommによるNXPの買収案件

さて、今回Financial Timesの記事になっているQualcommによるNXPの買収案件ですが、もうかれこれ2年近く続いています(笑)。

Qualcommはアメリカの通信機器・半導体の設計開発を行う企業で、NXPセミコンダクターズはオランダの半導体メーカーです。

2年前には1株110ドルで提案されていたのですが、ヘッジファンドがこぞって乱入してきて、現在は1株127.5ドルで提案されています。

記事によると、NXP株の実に41%をヘッジファンドが持っているそうです。つまり、世のヘッジファンドは、最終的にこの買収案件が成功してNXP株は現在の提案価格である127.5ドルで買われるだろうと思っているわけです。

ところがこの案件、実は多大な政治リスクをかかえています。

 

米中貿易戦争

QualcommとNXPのような大型買収案件は、企業活動をしている各地域において、独占禁止法に抵触しないという規制当局の承認が必要です。

日本やEU、韓国ではすでに承認済みなのですが、現在中国だけからはまだ承認が得られていません。これが最後の関門になっているのです。

今年の上旬はみな楽観的にみていたのですが、米中貿易戦争が始まると、当案件は米中間の政治交渉の材料となってしまいました。

最近まで、トランプ政権は米国企業が中国通信機器大手のZTE社と取引することを禁止していたのですが、その禁止措置を解除したことで、中国もQualcommによる買収を承認するのではという見方が広がっていますが、どうなるかは分かりません。

QualcommとNXPの両社は、M&Aの交渉期限を7月25日に設定しており、それまでに中国からの承認が得られなければ破談になると見られています。(期限の延長の可能性はゼロではないですが。)

実は、提案価格127.5ドルに対して、NXPの現在の株価は103ドルですから、あまり楽観視されていないというのが現状です。

ちなみに、Qualcommは最近まで、シンガポールの半導体メーカーであるBroadcomの買収ターゲットとなっていましたが、アメリカが通信産業でイニシアティブを取れなくなることを恐れて、トランプが買収のブロックに署名して破談になっています。

ブレークアップフィー

M&Aには、ディールが破談に終わった場合、買収しようとしていた企業がターゲット企業にブレークアップフィー(Breakup Fee)というものを支払います。要は、いろいろ時間と手間をかけさせたこと対する慰謝料のようなものです。

今回のディールでは、$20億ドルのフィーがNXP側に支払われることになっています。

M&Aが破談に終わった場合、おそらくNXP株の最初の反応としては下げるでしょう。一方でQualcomm株は短期的には上がると言われています。というのも、ディールが破談に終わった場合、約$400億ドルもの自社株買いをすることを発表しているからです。

Qualcomm株は、その他半導体セクターが上昇する中で、今年すでに8%も下げています(一時期、20%超も下げていました)。いろいろな問題を抱え、長期的な見通しは必ずしも良好ではない中で当M&Aがどうなるか非常に注目されています。

まとめ

今回は、QualcommによるNXPの買収案件を例にして、イベントドリブン戦略のひとつ、リスクアービトラージを説明しました。

リスクアービトラージもそんなに簡単ではなくて、買収する企業、される企業の経営陣と会って本気度を確かめたり、今回のように政治リスクがどの程度かを見極める能力が必要です。

 

追記(2018/7/30)

結局、中国からの承認はニューヨーク時間の7/25を過ぎても得られず。翌日NXPは90ドル手前まで売り込まれました。一方のQualcommは、上述の通り6%超の上げを記録することとなりました。