スワップの基礎(4)通貨スワップとベーシス・スワップ。(ヘッジコスト)=(金利差)+(ベーシス)である。
前回はOISとテナーベーシスについて解説しました。
今回は、通貨スワップを見ていきましょう。通貨スワップは英語でクロスカレンシー・スワップ(Cross-Currency Swap)と言います。当ブログでも、クロスカレンシー・スワップと言うことにします。
これは金利スワップを少し複雑にしたもので、「異なる通貨間で金利を交換する契約」です。双方が固定金利の場合もあれば、一方は変動金利、他方は固定金利の場合もあります。特に、「異なる通貨間で変動金利と変動金利を交換する契約」のことを「クロスカレンシー・ベーシス・スワップ」あるいは略して「ベーシス・スワップ」と言います。当ブログでは単に「ベーシス・スワップ」と言うことにします。
クロスカレンシー・スワップ
早速見ていきましょう。典型的なクロスカレンシー・スワップは以下のようなキャッシュフローをとります。元本100億円相当、期間2年、半年ごとに固定円金利と変動ドル金利を交換するスワップです。
通常のクロスカレンシー・スワップは、金利スワップと違い、期初と期末に実際に元本の交換が行われます。上の例では、期初にA社が円を渡す代わりにB銀行からドルを受け取っています。スワップ締結時の為替レートは1ドル=100円だったとしています。$100MのMはmillionの略で、1millonは100万ですから、$100Mは1億ドルすなわち100億円になります。期末には、期初と同額の反対取引を行い、100億円がA社に、$100MがB銀行に戻ります。この時には、為替レートは締結時と異なっているでしょうが、期初と同じ為替レートを用います。したがってクロスカレンシー・スワップには元本に対する為替変動リスクはありません。(期中に得られる金利分は影響を受けます。)
ベーシス・スワップ
異なる通貨間の変動金利と変動金利を交換するスワップをベーシス・スワップと言います。キャッシュフローは以下のようになります。
これは、外貨が必要な企業がその外貨を調達するための手段としてよく使われます。例えば、日本円を保有する日系企業Aがアメリカに投資するためにドルを調達する場合です。
ベーシス・スワップも期初と期末に、期初時点で同意した為替レートで元本を交換します。100億円を受け取ったB銀行は、そこから発生する円金利を期中にA社に支払います。反対に$100Mを受け取ったA社は、そこから発生するドル金利を期中にB銀行に支払い、満期になると100億円と$100Mを元通りに交換します。
元本に対する為替変動リスクはありませんし、双方ともにその時々の変動金利が適用されます。また、交換頻度も同じです。
ところが、ベーシス・スワップは通常このままでは取引されません。一方にある一定のスプレッドを加えてスワップが締結されます。慣習として、スプレッドはドル以外の通貨の金利に対してつけます。上の例で言うと、100億円を手にしたB銀行が期中に支払う円金利は、日本円の6か月LIBOR+ になります。
このを「ベーシス・スプレッド」あるいは単に「ベーシス」と言います。この場合は「ドル円ベーシス」となります。また、ドル以外の金利を支払う場合、「ベーシスをペイ(Pay)する」、ドル以外の金利を受け取る場合は「ベーシスをレシーブ(Receive)する」と言います。上の例では、A社は「ドル円ベーシスをレシーブ」しています。
このベーシスがつく理由は多岐にわたりますが、一番大きな理由は、ファンディング需要です。例えば、上の例のA社のように日系企業がこぞってドル資産に投資しようとした場合、「期中に受け取る円金利は少なくてもいいからドルが欲しい」となります。その結果、ドル円ベーシスはどんどんマイナスになっていきます。反対に、その需要が和らぐと、プラス方向に動くことになります。
為替ヘッジコストとしてのベーシス
実は直近やわらいだものの、2016年後半にドル円のベーシスは非常に大きなマイナス値をとっていました。これは、従来日本国債を運用することで利益を確保してきた邦銀が、日銀の緩和政策によって悲鳴を上げ、高い利回りを求めてドル資産に殺到していたからです。
下の図は、期間1年もののドル円ベーシスの推移です。
日本の銀行が為替リスクを回避しながらドルを調達するには、日米間の金利差に加えてさらにこれだけの金利分をコストとしてあきらめないといけないわけです。もちろん、通常の為替取引をして日本円をドルに変えるだけでも良いのですが、その場合円高になると円換算で損失となるために、為替リスクをヘッジした上でドルを調達するには、ドル円ベーシスのマイナス分だけ余計にコストがかかると言えます。日本の銀行からすると
(ドル円調達コスト)=(日米金利差)+(ドル円ベーシスのマイナス分)
です。例えば米ドル金利が2.5%で円金利が0%、ドル円ベーシスが-0.5%だった場合、日本の銀行からすれば、円で換算するとドルを調達するためだけに年間3%もかかることになります。
為替ヘッジの実際
実際に日本の保険会社や銀行がドル資産投資のための為替リスクをヘッジする場合は、為替スワップの形でスポットと3か月フォワードの取引を同時に行い、それを3か月ごとに繰り返していくというのが通常です。
フォワードの価格は金利差とベーシスが織り込まれて取引されるため(もしもそうでなければ裁定取引ができてしまいます!)、ヘッジコストを知りたければ、単純にフォワードレートと現在のスポットレートを比較すればOKです。
例えば、2018年11月27日現在、金利差とドル円ベーシスを見てみると
USDの3か月LIBOR=2.7%
JPYの3か月LIBOR=-0.1%
3か月物ドル円ベーシス=-0.35%
です。これらはすでに年率換算されていますから、
(ヘッジコスト)=(金利差)+(ベーシスのマイナス分)=3.15%
です。
一方、3か月フォワードレートは、以下のようになっています。
スポット価格が1ドル113.50円(青枠)の時に、3か月フォワードが1ドル112.607円(赤枠)ですから、これは0.787%の円高です。これを年換算すれば
(ヘッジコスト)=0.787% × 4 =3.15%
となって、さきほどと一致します。もしも一致しなければ為替スワップとベーシススワップとの間で裁定取引が可能となります。
日本の保険会社や銀行がドルを買って為替ヘッジを行うには、現在1ドルを113.5円出して買うと同時に、3か月後には1ドルを112.607円で売るというフォワード取引をせざるをえないわけです。それがつまり年率3.15%のヘッジコストというわけです。
今回は以上で終わりです。次回は、第1回で見た金利スワップ、そして今回のクロスカレンシースワップとベーシススワップとの間に成り立つ関係性についてみてみましょう。
ヘッジファンドの閉鎖相次ぐ。今度はアセンドキャピタル(Ascend Capital)が。
こんにちわ。佐藤です。
先月(2018年10月)のヘッジファンドのパフォーマンスがカスだったことはお伝えしましたが、先月ほどではないにしろ、今月も相変わらず苦戦しています。
そんな中、カリフォルニアに居を構えるアセンドキャピタル(Ascend Capital)もファンドの閉鎖を決断したようです。
アセンドキャピタルは株のファンドなのですが、2008年の金融危機や、2011年の欧州危機など、マーケットが下げてその他の株ファンドが平気で何十%も大損をこく中、勝てないものの負けずに耐えたことで、「下落時に強いファンド」として評判を高めて資金を増やしてきました。
ところがここ数年、米株がひたすら上昇を続ける中、2016年、2018年とマイナスのパフォーマンスとなっており、2017年もマーケットを大幅にアンダーパフォームなど苦戦を強いられていました。
一時期は35億ドルの資金を運用していたのですが、直近ではその半分にまで落ち込んでいました。
アセンドに限らず、さらに言うと株ファンドだけに限らず、ここ数年ヘッジファンドは不振にあえいでいます。
S&P500がこれだけ上昇している中、ヘッジファンドの不振は余計に目立ち、本当に手数料を支払ってまでヘッジファンドにお金を預ける意味があるのかと世の中が懐疑的になっているのも当然です。
よく、ヘッジファンドの料金体系は、「two-twenty」と言われます。つまり管理報酬として勝っても負けても年間2%、勝った場合は成功報酬として稼いだ分の20%を持っていくわけです。近年では、その低調なパフォーマンスに対する批判を受けて料金水準が下がってきており、管理報酬1.5%、成功報酬15%というファンドも多く出てきているのですが、存在価値が薄まっているのは間違いありません。
その理由として、ヘッジファンド業界自体に資金が流入しすぎて競争が激しくなったこと。また、ブリッジウォーターも運用しているリスクパリティや、スマートベータなどと言われる、パッシブなマネーによるファンダメンタルズのゆがみなどが挙げられると思います。
しかし、当ブログでも何度か書いている通り、世界経済の踊り場に来ているのは間違いなく、さらにポピュリズムの台頭という地政学的リスクが高まる中で、再びヘッジファンドの価値が高まるのではないかと思います。
若干自分の業界の宣伝が入ってますが(笑)
ではでは。
オプションの売りは危険!?いやいや、賢くやれば大丈夫です。破綻してyoutubeで謝罪したヘッジファンドOptionsellers.com
こんにちわ。佐藤です。
『出典:Bloomberg』
ヘッジファンドの偉人たち(6)優秀なトレーダーの集合体、ミレニアム・マネジメントの創業者イスラエル・イングランダー。
こんにちわ。佐藤です。
前回、2018年10月にワールドクオントの話をしましたが、ワールドクオントの話をしたからにはミレニアム・マネジメント(Millennium Management)の話をしないわけにはいかないということで、今回はミレニアムとその創業者イスラエル・イングランダー(Israel Englander)についてです。
イスラエルの名前の通り、彼はユダヤ系です。日本語では「イスラエル」と言いますが、英語では「イズレアル」に近い発音で、愛称はイジー(Izzy)です。私は会ったことがないので、そう呼んだこともないですが(笑)
この人です。
『出典:New York Post』
こじゃれた眼鏡やのう(笑)
彼は、1970年にニューヨーク大学を卒業すると、ウォールストリートでトレーダーとして働き始めます。転換社債やオプションのトレードを主に行っていたのですが、当時は今と違って、こうしたプロダクトで裁定取引の機会が山のようにあったので、バシバシ稼ぎました。
そして彼は稼いだ金の一部を注入し、また顧客からもお金を集めてミレニアムマネジメントを創業します。当時は3500万ドルからのスタートでした。開始当初は、転換社債やStatistical Arbitrageなどのトレードが主力だったのですが、運用額が増大するにつれて、いつしか世界中の優秀なトレーダーを雇って彼らに多くの自由度とインセンティブを与えて取引されるマルチマネジャーのプラットフォームへと変容します。
この世界でミレニアムを知らない人間はおらず、ミレニアムに応募して自分の裁量で運用をしたいという独立心の強いトレーダーは多くいます。
最初に与えられる額は様々ですが、いきなり数百億円の運用機会を任せられることはザラです。そして、だいたい稼いだ額の15%を報酬として受け取ることができます。トレードのために必要なオペレーションなどのバックオフィスサポートなどはミレニアムが面倒を見てくれますし、お金集めのために顧客回りに奔走することもなく、自分はトレードだけに集中できて15%の報酬というのは、かなり多いほうです。
しかし、ミレニアムはその厳しいリスク管理で知られており、トレーダーによって異なるのですが、例えば月間で3%程度マイナスになった時点で強制的にポジション縮小、10%になったら即退場など、トレーダー自身にかなりの規律が求められるスタイルとなっています。
2018年10月にはミレニアム全体で約1%の損失を出しましたが、これは極めてまれなことで、逆に言えば、それほど先月のマーケットが難しかったことの非常に説得力のある証左とも言えます。
イングランダー自体はすでに第一線から身を引いているのですが、ミレニアムは、現在でも多くの腕に覚えのあるトレーダーが志す場所であり続けています。
ヘッジファンドの偉人たち(5)イゴール・トゥルチンスキー率いるワールドクオントの新ファンドが2018年10月に-9.5%の大損失。マーケットより負けとるがな!
こんにちわ。佐藤です。
引き続き「ヘッジファンドの偉人たち」シリーズと題して、今回はイゴール・トゥルチンスキー(Igor Tulchinsky)率いる謎めいたクオンツファンド、ワールドクオント(WorldQuant)についてご紹介します。この人がイゴールです。
『出典:LinkedIn』
ダンディーなおっさんですね(笑)
実は昨日、ワールドクオントが初めて社外の投資家向けに運用を開始したファンドが先月に-9.5%の大損をこいていたという若干ショッキングなニュースが入ってきました。
このワールドクオント、あまり耳にしたことがないかもしれません。多少業界に詳しい人であれば、ルネサンス・テクノロジー(Renaissance Technology)やツーシグマ(Two Sigma)といったクオンツ系ファームの名前は聞いたことがあるかと思いますが、ワールドクオントをご存知のあなたは結構な業界通です(笑)
ワールドクオントは、ルネサンスやツーシグマより運用総額も一桁ほど小さく、最近まで外部資金を受け入れていませんでした。
ベラルーシ人のイゴールは、もともとイスラエル・イングランダー(Israel Englander)率いるヘッジファンドプラットフォーム、ミレニアム(Millennium Management)にてStatistical Arbitrageを主体としたクオンツ運用を行っていました。
そこでイングランダーに認められ、かなりの自由度と権限を与えられる形で2007年にスピンオフして出来たのがワールドクオントです。スピンオフしたとは言え、現在も引き続きミレニアムからの資金を運用しており、ミレニアムの350億ドルの運用総額のうち、50億ドルをワールドクオントが運用しています。そして、ミレニアムの圧倒的な稼ぎ頭となっています。
そのワールドクオントが今年の5月に、初めてミレニアム以外の外部資金を受け入れて、ファンドの運用を開始したのですが、その新ファンドが先月-9.5%やられたというわけです。
その新ファンドは、短期のStatistical Arbitrageを中心としたミレニアム用の運用とはまったくの別物で、保有期間を長期とした非常にロングバイアスの強い戦略となっています。運用総額に比して170%のロング、70%のショートのエクスポージャーを取り、MSCIワールド指数を年間3-6%上回ることように運用されるとのことでしたが、先月のMSCIワールド指数が-7.4%のダウンだったのに対して、新ファンドは-9.5%でしたから、負けとるやないかい!
で、運用開始からMSCIワールド指数が-2.2%なのに対して、新ファンドは-2.9%なので、負けとるやないかい!というわけです。
先日、株式市場におけるファクターのトレンドが崩れ、グロースがやられてバリューが巻き戻したというお話をしましたが、おそらく新ファンドもそのようなトレンドを見て運用していたのではないかと想像されます。
まあ、まだ始まって半年しかたってないので、ファンドのパフォーマンスを判定するには時期尚早ですが、すさまじく期待されてローンチされたファンドにしては、今のところ期待を裏切っています。今後に期待ですね。
ヘッジファンドの偉人たち(4)サブプライムローンでぼろ儲けしたジョン・ポールソンの直近のポジション開示。最近は勝てていないけど。。。
こんにちわ。佐藤です。
「ヘッジファンドの偉人たち」シリーズの第4回目はジョン・ポールソンです。この人です。
『出典:WSJ』
直近のポールソンの持っているポジションが相変わらずいかにも古典的なイベントドリブンのファンドっぽかったのでご紹介したいと思います(笑)
イベントドリブン戦略というのは、企業の合併・吸収や、スピンオフ、その他特殊なアクションに乗じてポジションを取り、お金を稼ぐ手法のことです。
サブプライムローンでぼろ儲け
ジョン・ポールソンは、1955年にニューヨークで生まれました。ファンドマネジャーに多いユダヤ系の血を母親からひいています。
珍しいことに、彼は最初のキャリアをコンサルティングファームのBoston Consulting Groupでスタートしています。そこでアナリストとして企業の分析、助言に従事した後ウォールストリートへと転身し、39歳のときにPaulson and Co.を創業します。
なんと言っても彼を一躍有名にしたのは、2008年のサブプライムローン問題です。サブプライムローンを組み込んだCDOのCDSを大量に仕込んでぼろ儲けしたのです。
「いや、ちょっと何言ってるか分かんない」という方、ごもっともです(笑)。
こちらをご一読ください。手前味噌ですが、サブプライムローン問題について、その辺の解説よりも分かりやすいかと思います。
13Fルール
さて、今回ポールソンを話題にしたのは、上述の通り、相変わらず彼の取っているポジションがいかにもイベントドリブンのファンドらしいからなのですが、なぜ彼のポジションを知れるのかというと、13Fルールがあるからです。
運用額が100万ドル以上の機関投資家は、四半期末ごとに、持っている米株のロングポジションを45日以内にSEC(Securities and Exchange Commission)に開示しないといけません。
この際、提出する書類が"Form 13F"と呼ばれることから、俗に13Fルールなどと言われています。今の時期は、2018年9月末時点での各ファンドのポジションを知ることができます。
相変わらずコテコテのポジション取り
直近のポジションを見ると、Bausch Healthや、Shireに大きなポジションを取っているようです。
Bausch Health(旧Valeant)
Bausch Healthというのは、今年の7月に改名した社名で、以前はバリアント(Valeant)という名前でした。Valeantにピンと来た方はなかなかの通だと思います(笑)
この製薬会社は、数年前まで、M&Aをひたすらアグレッシブに繰り返して株価は上昇の一途をたどっていました。
『出典:Bloomberg』
しかし2015年8月、調子にのって心臓の薬の価格を釣り上げたことが当時の大統領候補でもあったバーニー・サンダース(Bernie Sanders)に議会で指摘されてから暴落の一途をたどります。
その2か月後には、空売りのプロ、アンドルー・レフト(Andrew Left)から不正会計を指摘されたことが暴落に拍車をかけました。
当時、Pershing Square Capital Managementのビル・アックマン(Bill Ackman)はValeantの大株主で、Valeantの株価防衛のためにカンファレンスまで開くのですが、それにも関わらず株価の暴落は続き、結局アックマンは大損をこいてしまいます。
2017年、アックマンはついにValeantの株式を売り払い、代わりに今が買い時と筆頭株主に躍り出たのがポールソンでした。
2018年11月現在、ポールソンはBausch社の6%の株を保持する筆頭株主となっています。
Shire
Shireも製薬会社ですが、これはご存知の方が多いと思います。最近、武田薬品と日本企業による過去最高の額(約7兆円)での買収に合意しました。
合意と言っても「完了」ではなく、まだ破綻に終わる可能性がないわけではありません。
実はShireは過去にも買収のターゲットになっており、もっとも有名なのが米製薬大手Abbvieによる買収です。Abbvieは、アイルランドに本拠地を構えるShireを買収することで税率を下げるようとしていたのですが、米政府が節税目的での海外企業買収を規制する方針を示し、結局破綻に終わっています。
NXP
その他、ここで紹介したNXPもまだ保有しています。
最近イケてないポールソン
実は、2008年に一躍名をはせたポールソンも、それ以降はまったくイケてません。2011年のピーク時には380億ドルもの資金を運用していたのですが、現在は90億ドルにまで縮小しています。そしてそのほとんどはポールソン自身のお金であり、顧客は大量に資金を引き揚げたことが分かっています。
今年の3月にはパートナーレベルの従業員を何人も解雇しており、人員削減にもせまられています。
デビッド・アインホーンやビル・アックマンのように、ワンマンで成功してきた人間が一度リズムを崩すと調子を取り戻せないように、ポールソンも苦しんでいます。
ヘッジファンドの偉人たち(3)世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーターの創始者レイ・ダリオが語る今後の相場!
こんにちわ。佐藤です。
久しぶりに「ヘッジファンドの偉人たち」シリーズを。
世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター
昨日、レイ・ダリオ(Ray Dalio)から、いよいよ米資産は長期的な低リターンの時代に突入するとの薄気味悪い発言がありました。
この人です。
『出典:CNBC』
頭の切れそうなおじいちゃんですね。実際すさまじく切れるわけですが笑。
まあコメント自体はさほど目新しいものではなくて、「長く続いた金融緩和の影響であらゆるリスク資産が高どまりしている状況の中、金融政策が正常化に向かえば自然と期待リターンは圧縮される」的なことです。
ただし、歴史に造詣の深いダリオらしく、「各国でポピュリズムが台頭している今の状況は1930年に似ており、また各国がバラバラになりつつある欧州が一番苦労するだろう」という興味深い発言もしています。
このレイ・ダリオは世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエイツ(Bridge Water Associates)の創始者として大成功を収めたひとです。運用総額は約20兆円!とまさに桁外れです。
彼は、子供のころから株式投資を始め、25歳の時に自室にてブリッジウォーターを創業します。
ブリッジウォーターの2つの戦略
Pure Alpha
ブリッジウォーターは、2つの大きなファンド、”Pure Alpha"と"All Weather"を運用しているのですが、”Pure Alpha”はグローバルマクロの戦略となっています。大雑把に言うと、世界経済の兆候を読んで、株や債券、コモディティや為替などに投資してリターンを狙う戦略です。株と言っても、個別株の財務諸表を細かく分析するというより、より大局的な観点から日本が欧州に比べて買われやすいと思えば、日経を買って、Eurostoxxを売るというようなスタイルです。”Pure Alpha”は、歴史上もっとも大きな金額を稼ぎ出しているファンドとしても有名です。
All weather
そして、もうひとつブリッジウォーターが有名なのが’”リスクパリティ(Risk Parity)”のパイオニアとしてです。リスクパリティに基づいて運用されているのがもう一方のファンド"All weather"です。リスクパリティというのは、いろいろなリスク資産に投資をする際には、そのリスクが均等になるように投資するという主義のことです。例えば、資産Aのボラティリティが10%、資産Bのボラティリティが5%であれば、資産Aの方が資産Bよりも倍リスクが高いと言えますから、運用額が30億であれば、資産Aに10億、資産Bに10億配分する。という具合です。そして、その配分を定期的に見直してリバランスしながら運用していくのです。
現在、このリスクパリティに基づいて運用されているマネーが大量に増えすぎて、市場を脆弱にしているとの批判があります。
例えば、米株が暴落したとします。すると米株のボラティリティが増えますから、リスクパリティの運用者は、米株への資金配分を減らさなくてはなりません。つまり、さらに米株に売り圧力がかかるわけです。こうしたフローが市場のファンダメンタルズを歪め、一昔前までは通用していたのに最近全然ダメダメなファンドマネジャーは山のようにいます。ちなみに、”All weather”とは文字通り全天候型を意味しますが、このファンド結構負けてます(笑)。
レイ・ダリオの現在
ダリオは、2017年4月に、ブリッジウォーターのCEO(Chief Executive Officer)の座から身を引いています。といっても、CIO(Chief Investment Officer)にはとどまっています。若干ややこしいのですが、ヘッジファンド会社には会社経営者としてのCEOと、投資責任者としてのCIOが存在します。その他、リスク責任者(Chief Risk Officer)やオペレーション責任者のCOO(Chief Operations Officer)、コンプライアンス統括者のCCO(Chief Compliance Officer)などが置かれる場合もあります。
この中で一番偉いのは、CEOではなくCIOです。ほとんどの場合、CIOの方が株を多く持っていますし、給料も多いです。ファンド設立時から役職が分かれている場合、どちらかというとCEOは、CIOが「俺ファンド始めたいんだけど、お前会社運営手伝ってくれない?」という感じで雇われている場合が多いです。小さなヘッジファンド会社の場合は、CIOがCEOなどを色々兼任する場合が多いですが。
ダリオ曰く「死ぬまで、あるいは会社が自分を不要と判断するまで投資に関わり続ける」そうです。
彼は、上述のように歴史にも造詣が深く、また最近は瞑想にもはまっているそうで、その方面での活動も活発に行っているようです。楽しそうで何よりです(笑)
今月もヘッジファンドは苦戦中!様々な要素が複雑に絡み合う原油と天然ガスのトレードはプロでも難しい。
前回、2018年10月のヘッジファンドのパフォーマンスがカスだったというお話をしましたが、今月も今のところカスなようです(苦笑)。
相変わらずアップダウンの激しい相場で、株のファンドにしろ経済の流れを読んでいろいろなアセットをトレードするマクロファンドにしろ、苦戦しています。
なかでも今月、多くのマクロファンドやコモディティファンドにダメージを与えているのが原油と天然ガスです。なかなか興味深い動きをしています。
下の図は、2014年以来の、原油と天然ガスの値動きの推移です。
『出典:Bloomberg』
これを見ると、大雑把に言うと原油と天然ガスは、同時に動く性質があります。つまり正の相関です。
ところが、直近その相関関係が崩れており、原油(白)がダラーっと下がり続ける中、つい先日天然ガス(橙)が+18%と、ここ8年で最大の大上昇となりました。
天然ガスの急上昇は、ずっと溜まっていたベアスプレッドのポジションとボラティリティのショートポジションが、今年の北米が予想外に寒くなるとの予測を受けてはじけたものです。
ベアスプレッドというのは、直近の先物をショートして、それ以降の先物をロングするポジションですが、直近の冬が寒くなることからショートポジションのストップロスを巻き込みながら一気に上昇しました。
また、価格が急変すると、当然ボラティリティのショートポジションもストップロスに巻き込まれます。
冬シーズンの前に、天然ガスの貯蓄量が低レベルであったことも、価格の急上昇に拍車をかけました。
一方、原油は全く異なる理由で下がり続けています。アメリカがイラン制裁の一つとして、イラン産原油の輸入を各国に通知したことを受けて、ヘッジファンドは原油のロングのポジションを取り始めました。
ところがふたを開けてみると、「しばらく続けていいよ」というわけで、サウジアラビアをはじめ、イラン制裁に合わせて原油の生産を増やしていたことや、ヘッジファンド等の投機筋がロングの解消に走り、ずーっと下げ基調になっています。
上述のような正の相関もあって、中には、原油ロングのヘッジとして天然ガスのショートを組み入れるマネジャーもいます。そのようなマネジャーは今回、大損をこいたわけですが。。。
原油や天然ガスは、政治、経済、気候、貯蔵レベル、投機筋のポジショニングなど、いろんな要素が絡まってくるので、値動きを予測するのはかなり難易度の高いプロダクトなわけですが、今回の値動きで多くのファンドがダメージを食らっています。
ちなみに、私自身はいろいろ見ながらいろんな手法でいろいろトレードする人間ですが(説明いい加減すぎ笑)、今回の動きを受けて原油ロング、天然ガスショートのポジションを取りました。
はてさて、どうなることやら。
2018年10月のヘッジファンドのパフォーマンスは2011年9月以来で最悪!その理由とは。
こんにちわ。佐藤です。
今日は久しぶりにヘッジファンド業界の話題を。
先月10月のヘッジファンド業界のパフォーマンスのクソっぷりについてのお話です。
Hedge Fund Reseachという会社がヘッジファンドのパフォーマンスをまとめて戦略別に公表しているのですが、それによると全戦略をまとめたヘッジファンド全体の10月のパフォーマンスは-3.1%と、2011年9月以来の低調に終わりました。
なかでもひどかったのが、株式ロングショート戦略で-4.0%の体たらくでした。
株式ロングショート戦略というのは、個別株式を分析して相対的に上がると思うものをロングして、相対的に下がると思うものをショートすることで、市場全体が上がろうが下がろうが関係なく収益を上げようとする戦略ですが、米国での当戦略のファンドは軒並みやられました。
主原因は、これまで米株市場をけん引してきたテクノロジーセクターが崩れたことです。きっかけは10月4日の「スパイチップ」報道でした。
BloombergがAppleとAmazonのデータセンターで使われている機器に、監視目的の中国製のスパイチップが仕込まれていると報道したのです。
これをきっかけにテクノロジーセクターを中心に売られます。同時に、実効金利が急上昇していたために、株式市場全体にもリスクオフの雰囲気が伝わり、下落が開始してしまったわけです。
株式の分析・投資手法でよく使われるものに、ファクター投資というのがあります。要は、個別の株式を特徴毎に分類し、その時期にどういった特徴をもった株が買われるか、あるいは売られるかを分析して投資に生かす手法です。
そのファクター分類の大枠の一つに、「グロース株」と「バリュー株」というのがあります。
簡単に言うと、グロース(growth=成長)投資というのは、その企業が今後どんどん成長して利益を生み出してくれるだろうと思い、現時点での株価にあまりこだわらずに積極的にイケイケ投資することです。反対にバリュー投資というのは、PERやPBRなどの指標をもとに割安だと考えられる株が、将来きちんと評価されることを期待して慎重に投資をしていくスタイルのことをいいます。
米株は、近年、FANG(Facebook, Amazon, Netflix, Google)に代表されるインターネットサービスのイケイケ企業が中心となって株式市場をけん引してきました。
反対に、バリュー株は相対的にアンダーパフォームしてきました。
つまり、100億分のグロース株をロングして100億分のバリュー株をショートしていれば、これまで絶好調だったわけです。
100億分のロングと100億分のショートですから、市場全体に対するリスクは一見ないように見えますが、このようなファンドは思いっきりファクターリスクをとっていたことになります。
で、このようなヘッジファンドが多くあり、これまでは好調だったのに、10月に入ってグロース株が売られ、バリュー株が買われたために大損失となったわけです。
10月の後半には、実際にAmazonなどのインターネット企業の決算が予想より悪かったため、さらにその流れに拍車をかけてしまいました。
さて、11月に入ってからはリスクオン基調が高まり、中間選挙もほぼ無風でこなしたことから株価は取り戻しています。日本のマスコミは下院を民主がとったことで、トランプピンチみたいな感じになってますが、まったくそうは思いません。むしろ、「やっぱトランプつえー」という印象です。
それはさておき、10月にボコられたファンドの多くも11月に入って取り返していますし、ゴールドマンは相変わらず米株に対して強気です。
が、私自身は懐疑的です。10月はやや売られすぎの感が否めず、短期的にショートカバーが入ると見ておりますが、やはり来年の後半にはそろそろ景気減速が本格的に意識されるのではないでしょうか。でわでわ。
サブプライムローン問題とはいったいなんだったのか(3)多分日本一わかりやすい解説
今回は『サブプライムローン問題とはいったい何だったのか』シリーズの最終回となります。
前回までで、当時投資銀行が販売していたCDOというデリバティブの説明、そしていかにそれがモラルなく投資家に売りさばかれていたか、その実態を解説しました。最終回の今回は、不動産バブルの崩壊から金融危機の後始末までを見て行きたいと思います。
バブル崩壊の引き金となったARMSとは
当時、サブプライム・モーゲージの多くはARMSという形で発行されていました。ARMSというのはAdjustable Rate Morgagesの略で一種の変動金利なのですが、最初の数年は低い金利の返済で良いが、それが終わると一気に返済金利が跳ね上がるというものです。
最初の数年に提供される低い返済金利をティーザー金利(Teaser Rate)と言います。Teaseというのは、じらすとかからかうという意味ですが、ここでは借り手を引き付けるという程度の意味です。
例えば、典型的なARMSは、最初の2年は5%の固定でも、それ以降はLIBOR+6%に移行などです。ところが、当時の業界ぐるみの証券化ビジネスの中で、低所得者向けに1%もの低いティーザー金利でモーゲージが組まれていました。
そしてバブルの崩壊へ
AMRSのティーザー金利適用期間が終わると返済金利が跳ね上がるので、それに耐えられずにローンの返済不能となる人がでてきます。
2007年に、大量のモーゲージがティーザー金利適用期間を終えて高金利へとシフトしたのをきっかけに、ローンの返済が不可能となり差し押さえとなる物件が大量発生しました。
不動産バブルの崩壊です。
当然、モーゲージを担保としたMBS、それを組み込んだCDOの価値は大暴落し、値がつかないゴミ屑を大量に抱えたローン発行体である銀行や投資銀行は大損失を計上することになります。
関係各社の破産・救済。多額の税金投入へ。
投資銀行の中でもっともサブプライム・モーゲージを引き受けていたのがリーマン・ブラザーズでした。バブルがはじけると、彼らは保有していたCDOの価値を不正に高く会計処理します。しかしグリーンライト・キャピタルのデビッド・アインホーンに見破られて株価は暴落を続けます。そして最終的には救済されることなく破産へと追いやられます。
*詳細は以下記事参照。
また、CDOを組成するために大量のローンを購入する必要がありますが、投資銀行は当時、実に自己資金の30倍以上もの借金をしてまでローンの購入に走っていました。そのため、保有資産が少しでも減損すると、経営が一気に傾くという危険な状態にあったのです。
*もっともよく使われた借金の手法がレポ取引です。詳細は以下記事参照。
結局、当時の米5大投資銀行のうち、ベアスターンズはJPモルガン、メリルリンチはバンクオブアメリカに身売り、ゴールドマンサックスとモルガンスタンレーは純粋な投資銀行からの形態変更を余儀なくされ、リーマンブラザーズは破産することになります。
また、大手保険会社のAIGは、格付けAAAのCDOがデフォルトするわけないと、ひたすらCDOを対象とするCDSを売りまくってスプレッド代を稼いでいました。似たような3文字アルファベットでややこしいですね(笑)。
CDS(Credit Default Swap)というのはCDOに対する保険のようなもので、CDOがデフォルトすると保険の買い手にその元本分の代金を支払わなければなりません。ところが、大量のCDOが不履行になると彼らに支払う能力などありませんでした。結局AIGは多額の税金を使って救済されることになります。
また、低所得者にサブプライムモーゲージを発行しまくっていたカントリーワイド社やワコビア社もそれぞれバンクオブアメリカ、ウェルズファーゴに買収されることになります。
最終的に議会はTroubled Asset Relief Program(TARP)と称して実に7000億ドルという途方もない額の救済費用の投入を迫られることになりました。これらの源泉は国民の税金です。
モーゲージの発行体や投資銀行はそれまでにゴミ屑を大量販売することで荒稼ぎしてきたわけです。AIGは実体を鑑みずにひたすらCDSという保険を販売しまくっていました。これら企業の取締役は当時、数十~数百億円単位の報酬を受け取っていました。にもかかわらず結局あと始末にはなんの関係もない国民の血税が投入されたわけですから、たまったものじゃありません。
また、最大の被害者はゴミ屑を買わされた投資家です。その多くは年金基金や組合などです。その後彼らは投資銀行を相手取って訴訟をしていくことになります。
バブルの崩壊で稼いだヘッジファンド
一方で、この金融危機に乗じて大金を稼いだ者たちもいます。バブル崩壊の前から、サブプライム・モーゲージと証券化ビジネスの危険性はすでに広く認識されていました。いくつかのヘッジファンドはその危機の顕在化に乗じて大金を稼ぐことに成功します。
ヘッジファンドPaulson & Co.の創業者であるジョン・ポールソンもその1人です。彼は、サブプライム・モーゲージの破綻から利益を出せるようなデリバティブを買いたいとゴールドマンに話を持ちかけます。ゴールドマンは、サブプライム・モーゲージを原資産とするCDOを組成し、そのCDOのCDSを組み込んだ商品を組成します。これをシンセティックCDOと言います。もう何がなんだかわからなくなりますね(笑)。CDSは保険ですから、対象となるCDOがデフォルトすれば大儲けとなるわけです。
いずれにせよ、当時ポールソンはこのCDOのCDSから約1000億円を荒稼ぎしたと言われています。
またその他、マイケル・ルイスの著作『ビッグ・ショート』に登場するサイオン・キャピタル(Scion Capital)やフロントポイント・パートナーズ(Frontpoint Partners)も同様にCDOに対するショートポジションから利益を上げることに成功しています。
さて、3回にわたってお送りしてきた『サブプライムローン問題とはいったいなんだったのか』シリーズもこれで終わりです。
あれから10年、アメリカ株価は上昇を続けています。資金は再び証券化商品に流れ込んでおり、企業向けに貸し出された銀行ローンを担保とした証券であるCLO(Collateralized Loan Obligation)の発行高は、今年過去最高に達するとみられています。 米経済のクレジットサイクルが終盤に差し掛かるなか、来年あたりに一発来そうな気がするのは私だけでしょうか。。。
サブプライムローン問題とはいったいなんだったのか(2)多分日本一わかりやすい解説
さて、前回はいろいろな3文字アルファベットが出てきました(笑)。
ちょっと復習しましょう。
定期的にキャッシュを生み出すものをかき集めて、そこから生まれるキャッシュを得る。その権利がABSでした。ABSの中でも特に、モーゲージからのキャッシュを裏付けとして作られた証券がMBSです。
証券化する際に、リスクに応じてトランシェに分割して、そのトランシェ毎に格付け会社から格付けを付与されます。銀行は、売れる商品を作るために、ABSのメザニン・トランシェをかき集めて再びABSを作り出し、そのシニア・トランシェにAAA格付けを付与してもらうということをしており、言ってみれば格付けのドーピングが横行している状況でした。
今回は、そのような状況にあった当時の背景について説明します。
当時の米国不動産市況
当時、米国は不動産価格の上昇真っただ中にありました。金利の低い時期が続いたので、今が買い時と多くの人が思ったことも理由のひとつです。が、最大の理由は2000年代前半にサブプライム・モーゲージが大量に発行されたことです。
サブプライムローン(Subprime Loan)
サブプライム(Subprime)とは、プライム以下という意味です。プライムローンというのは、信用度の高い人に対して組まれる低金利のローンを意味し、サブプライムローンとは、低所得や過去のクレジット履歴がよろしくない人向けのローンという意味です。
アメリカでは、銀行やクレジットカード会社が、各個人の所得やクレジット履歴をもとに、その人の返済能力がどの程度信用できるか点数をつけています。
その点数のつけ方のひとつにFICOスコアというものがあります。FICOスコアは発案したFair Isaac and Companyからつけられたもので、300-850点の幅をとります。スコアが高いほど返済能力の信用度が高いことを表し、明確な定義はないのですが、サブプライムローンはおよそ650程度以下のFICOスコアの人に組まれたものを言います。
日本では単に「サブプライムローン」と言われますが、2008年の金融危機の発端となったのは信用スコアの低い低所得者向けに貸し出された住宅ローンで、正確に言うと「サブプライム・モーゲージ」のことです。
なぜサブプライム・モーゲージは大量に発行されたのか
1990年以降、アメリカ政府は、多くの国民が家を持てるように、ローンの貸し手である銀行に低所得者向けのモーゲージの発行を増やすようにプレッシャーをかけていました。
そういった銀行にとって、「証券化」の手法は願ったりかなったりでした。もともと、住民にモーゲージを貸し出す地方の銀行は、自分たちの預金を元手にローンを発行していました。
ローンを低所得者に貸し出す場合、当然不履行のリスクがあります。もしも不履行となった場合、ローン発行体である自分たちが損失を被ります。また、ローンの返済は長期間にわたりますから、自分たちでしっかりリスクを判断して、監視していたわけです。
ところが、「証券化」の仕組みの中では、彼らは発行したモーゲージを投資銀行に売りってしまえば、あとは知らんぷりです。投資銀行がCDOを投資家に売りさばける限り、モーゲージに対する需要は高まりますから、モーゲージ発行体はモラルなくどんどん低所得者にローンを発行していきました。言ってみれば下のような感じです。
ローンの返済はもはや、ローンを発行した地方銀行ではなく、投資家に対して行われることになります。
格付け会社は、投資銀行からお金をもらってバシバシCDOに高格付けを与えていきます。高格付けの商品にしか投資できないような年金基金などの投資家も、格付けを信じてどんどんCDOを買っていったわけです。
また、サブプライム・モーゲージが発行されるということは住宅購入者が増えるわけですから、どんどん不動産価格を押し上げていきます。
MBSはその不動産を担保にして発行されますから、担保価値が上がれば商品はますます売れるので、サブプライム・モーゲージの発行がますます増えるという流れになります。こうして不動産価格はバブルの様相を呈していきました。
モラルの崩壊
いつかはこの枠組みが崩壊すると多くの関係者は気づいていましたが、こうした状況の中で、モラルはどんどん崩壊していきます。本来、モーゲージの発行や投資家への商品の販売は、リスクを適切に判断・公示したうえでなされなければなりません。
しかし、上でみた「証券化」の枠組みの中では誰もそんなことは気にしなくなっていました。とにかく大量にローンを発行し、ゴミ屑を投資家に売りさばいて手数料を稼げばよい。そんな雰囲気だったのです。
モーゲージ発行体のモラル崩壊
低所得者にモーゲージを貸し出す企業は、自分たちでそのローンを回収する必要はなく、後で投資銀行がローンを買い取ってくれるわけですから、誰かれ構わずひたすらモーゲージを発行していきます。
もはや、借り手の経済状況がどうかなどというチェックはなされなくなっていきました。当時のモーゲージの貸し出しの状況を称する言葉として、「Liar Loan」(うそつきローン)というのがあります。貸し手はチェックする気などサラサラなく貸す気満々ですから、借り手に嘘をつかせて申し込み書類を埋めさせていたのです。
また「NINJAローン」という言葉もしばしば使われます。No Income、No Job、No Assetをとって、NINJAというわけですが、要するにこういった人たちにも規律なくもゲージを発行していたわけです。
格付会社のモラル崩壊
上で説明した通り、Moody’s 、Standard & Poors、Fitchといった大手格付会社は、CDOに格付を付与することで投資銀行からお金を受け取っていました。低い格付をつければ、投資銀行から仕事がこなくなってしまいます。顧客である投資銀行が喜んでくれるように、彼らは次から次へとゴミ屑同然のCDOにAAAという高格付を増やして行きます。
彼らの格付はあくまでも彼らの「意見」であって、それを元になされた投資の責任を彼らが負うことはありません。議会の公聴会に呼び出された時にも、彼らはこの主張を繰り返して言い逃れをします。
投資銀行のモラル崩壊
投資銀行は、ゴミ屑同然のCDOをバンバン機関投資家に売りさばいて行きます。
下の動画は、当時のゴールドマンのモーゲージ部門のヘッドが公聴会に呼ばれて尋問を受けているものです。「Timberwolf」と名付けられたCDOを組成し、ゴミ屑だと認識しながら投資家に販売していたことを尋問されています。
"How much of that shitty deal did you sell to your clients?" Goldman Sachs Hearing
さて、次回はいよいよ当シリーズの最終回です。いかにしてバブルが弾け、その後の大惨事に至ったのかを見ていきましょう。
サブプライムローン問題とはいったいなんだったのか(1) 多分日本一分かりやすい解説
2008年の金融危機から10年が経ちました。あれからアメリカ株価は文字通りの右肩上がりとなっていますが、そろそろ景気サイクルの終盤ステージに差し掛かっているという印象を持っています。
そこで当シリーズでは、『サブプライムローン問題とはいったいなんだったのか』と題して何回かに分けて2008年の金融危機の発端となった現象について解説したいと思います。ネット上でいろいろ説明があるのですが、断片的であったり分かりにくかったり、そもそも間違っていたりと、あまり良いものがなかったのであらためて整理してみることにします。
金融危機から10年たった今改めて振り返ってみることには、大きな意義があるかは分かりませんが、多少の意義はあるでしょう(笑)。それではまいりましょう。
MBS(Mortgage Backed Securities)
2008年に何が起こったのかを理解するためには、まずMBSというのを理解しないといけません。MBSを日本語で言うと、モーゲージ担保証券となります。モーゲージ(Mortgage)というのは住宅ローンのことですが、当ブログではそのままモーゲージと言うことにします。MBSとは、モーゲージから得られるキャッシュを裏付けとした証券のことを言うのですが、今言われてもなんのことやら分からないと思いますので、早速見ていきましょう。
MBSは以下の図のように生み出されます。
MBSは例えば、投資銀行などが発行します。彼らは、地域の銀行が住民に貸し出したモーゲージ(しつこいですが、単に住宅ローンのことです。)を買い集めてひとまとめにします(モーゲージプール)。
すると、毎月毎月住民からローンの返済があるので、モーゲージプールから一定のキャッシュが生み出されます。
言ってみれば、このキャッシュを受け取る権利がMBSです。定期的にクーポンを受け取ることができる債券と同じですね。MBSも債券(Fixed income)の一種です。
その際に、このキャッシュを受け取る権利に優先順位をつけます。優先的にキャッシュを受け取ることができるのがシニア・トランシェと呼ばれる部分です。次が、メザニン・トランシェ、そして最後がエクイティ・トランシェとなります。簡単ですが、これが「証券化」ということです。
トランシェ(Tranche)とはフランス語で「一切れ、一部分」という意味です。証券化されたものをリスクに応じて分割することをトランチング(Tranching)と言って、その結果生じる各部分のことをトランシェと言うわけです。
シニア・トランシェは、キャッシュを優先的に受け取ることができるため、もっともリスクの低い証券です。反対に、もしもモーゲージプールの中の一部のモーゲージが不履行となって、予定通りのキャッシュが入ってこなかった場合、まず真っ先に割を食うのがエクイティ・トランシェです。
例えば、上図のように、80%がシニア、15%がメザニン、5%がエクイティとなるようにトランチングされた場合、予定の85%のキャッシュしか入ってこなかった場合、エクイティ・トランシェの取り分はゼロになります。そして次にメザニン・トランシェの2/3(=10%/15%)が毀損することになります。
トランシェには、そのリスクに応じて格付け会社から格付けが付与されます。格付け会社とは、あらゆる証券のリスクを客観的に判断し公表する企業のことで、ムーディーズ(Moody's)、S&P(Standard and Poors)、フィッチ(Fitch)の3社が大手として君臨しています。
リスクの低いシニア・トランシェにはAAAといった最高格付けが与えられます。また高リスクのエクイティ・トランシェにはCCCのような低格付けか、あるいはそもそも格付け自体が付与されません。
ここまで聞くと、シニア・トランシェの方がいいように聞こえますが、当然リスクが低ければ得られるリターンも低くなるわけで、得られる利回りはエクイティが高くなります。例えば、エクイティ・トランシェのリターンはLIBOR*1+15%、シニア・トランシェのリターンはLIBOR+0.5%のように設定されます。
かなり簡素化して説明しましたが、これがMBSです。銀行やヘッジファンドなどの投資家は、こうして分割された各トランシェを売買することができます。
ABS(Asset Backed Securities)
今説明したMBSですが、これはABS(Asset Backed Securities)の一種です。
今はモーゲージがキャッシュフローの源泉となるMBSの説明でしたが、要は定期的にキャッシュを生み出すものであればなんでも証券化できるわけです。
資産をあつめてひとつのパッケージにまとめて(プールして)、そこから得られるキャッシュに対する優先順位およびリターンでグループ分け(トランチング)するという手続きをふんで組成された証券を総称してABSと言います。
モーゲージ以外にも、自動車ローン、学生ローン、あるいは航空機リースなどから発生するキャッシュを裏付けとしたABSもあります。
CDO(Collateral Debt Obligation)
さて、こうして組成したMBSですが、シニア・トランシェは比較的簡単に売れました。AAA格付のわりにそこそこリターンが良かったからです。また、エクイティ・トランシェもリスクをとるのが大好きなヘッジファンドなどが買ってくれますが、中途半端なメザニン・トランシェはあまり人気がありませんでした。
そこで銀行が何をしたかと言うと、MBSだけに限らず、自動車ローンや学生ローンなど、いろいろなABSのメザニン・トランシェを集めてひとまとめにし、そこから生まれるキャッシュを再びトランチングして売るということをやります。もちろん、MBSだけのメザニン・トランシェを集めることもできます。
つまり、ABSのABSとでも言いましょうか。これをCDO(Collateralized Debt Obligation)と言います。アルファベット3文字がいっぱい出てきてうっとうしいですね(笑)。正確には、CDOとは債券やローンなどをキャッシュの源泉として証券化されたもの全般を指して言います。今回は、いろいろなABSのメザニン・トランシェをごちゃまぜにしたプールから生まれたものですから、特にABS CDO、あるいはメザニンABS CDOなどと言います。
正直言い方はどうでもいいので(笑)、こんなことをやっていたんだというのを理解してください。
で、こうしてできたCDOを再度トランチングして、優先順位の高いシニア・トランシェを組成するのですが、この際に、またAAAという高格付けを格付け会社から付与してもらったのです。
「ちょっと待てよ」と思うかもしれません。そもそも最初に見たABSでAAAと格付けされていたのは80%を占めるシニア・トランシェだけでした。メザニン・トランシェの格付けはBBB程度です。ところが、似たような格付けのメザニン・トランシェをひとまとめにして、CDOのトランチングを行う際に、BBBの格付けからAAAのシニア・トランシェを生み出したわけです。こうすると売れるからです。ほとんど詐欺ですね。
ところが、これだけにとどまりません。こうして生まれたいろいろなCDOから、格付けの低いトランシェを再びかき集めてごちゃまぜにし、再度トランチングしてシニア・トランシェを生み出すといったことをやります。こうしてできたのが(CDO squared)です。で、のトランシェをかき集めて証券化すれば、(CDO cubed)の誕生です。(以下無限に続く...という感じでしょうか。)
冗談のようですが、実際にこれをやっていたのです。そしてこれを繰り返していくうちに、どんどんAAA格付けがねつ造されていきます。しまいには、とんでもないリスクを内包した証券にAAA格付けが付与されていたわけです。ドーピングと同じですね。
格付け会社は、CDOのリスクを正確に把握することはできず、またCDOを組成した投資銀行から、格付けを依頼される際に金銭を受け取っていました。彼らは、自身の付与した格付けが誤っていたとしても、法的責任を追うわけではありません。なぜなら、格付けはあくまでも彼らの「意見」に過ぎず、それをもとに投資判断を下してもそれは投資家自身の責任だからです。
それをいいことに、投資銀行となかばグルになって高格付けを付与し続けたのです。本来、第三者的立場からリスクを判断して格付けしないといけないにも関わらず、商品を組成した投資銀行とズブズブの関係にあったわけです。
今回はややこしいアルファベットがいっぱい出てきましたが、次回はこれらを背景にしてサブプライム危機が顕在化するまでの流れを見ていきたいと思います。